第21話『思わず出た関心』

 若林と昼休みを共にしてから、何事もなく迎えた放課後。


 人間観察を始めてからは松島との講義もなく、そのまま青葉は真っ直ぐ帰宅。制服から部屋着に着替えてPCを起動。スマホを机の脇に置いて椅子へ腰掛ける。


 冷却ファンが回転する音と共にOSが起動。買ってもらった時から変えてないPCメーカーのロゴがデカデカと踊るデスクトップにうっすらと青葉の顔が映った。


 松島から借りたUSBを筐体に挿す。画面にフォルダが表示され、その中にエクセル形式の『キャラシート』と書かれたファイルをドラッグしてデスクトップにコピーした。


『最初は極端にキャラを増やさないで、主要キャラとサブキャラを一人か二人くらいで書いてみるのがいいんじゃないかしら』


 という松島からのアドバイスを思い出しながら、青葉は泉と若林に関するメモが入力されたスマホ画面を横目にエクセルのシートを操作し、セルにキャラクターの情報をタイプしていく。


 ぼんやりとしていたキャラクター象が、シート内に文字列が追加される度に輪郭を帯びてきた感覚。


『キャラクターの外観が想像しづらいなら、既出のキャラクターの中からイメージに合うものを探してきて、画像を見ながら作っていくとより自分の中でキャラクター象が固まってくるわよ』


 インターネットを開き、イラスト投稿サイトにアクセスしてキャライメージを探していく。

 膨大なデータの海から青葉はイラストを漁り、自分の描く物語のイメージに合ったキャラクターを見つけ出す。


 画像を保存し、青葉はキャラシートと画像を交互に見つめながら、そのキャラクターが実際に物語の中で動くさまを想像する。


「できた」


 帰宅から3時間。時刻は夜の7時頃。ようやく主人公とヒロインのイメージが固まった。


「さて、次はサブキャラだな……」


 と、青葉が2枚目のシートに着手しようとした時、


『しゅう~! ごは~ん!』


 母から食事のお呼びが掛かってしまった。


「今行く!」


 興が乗りかけていたところに水を差されたような気分だが、ある意味キリがいいところで呼ばれたと諦める。念のためにデータを保存しておき万が一に備える。時間を掛けたデータが吹き飛ぶとその日は何をするにもやる気が起きなくなってしまうからだ。


 青葉の目の前にはヒロインのキャラシートが展開されている。


 画面の左上に見える上書きのアイコンをクリック。そのまま部屋を出ようとしたところで、ふと足を止めて画面を振り返った。


 ヒロインの特徴……黒いストレートロングの髪に、容姿は当然のことながら美人……性格は明るく人懐っこい、誰にでも好かれるような理想的なお姉さん。それでいて、サバサバとした性格で主人公のことを可愛がる――という設定で作り上げた。


 正直に言えば、青葉の中でこのキャラクターは、『松島の容姿を持った若林』というイメージで作り上げられている。


 青葉は不意に、今日の昼に若林と話した内容をほんの少しだけ思い出す。

 最初からカッコいい人も、可愛い人もいない。後からブス、ブサイクになっていく人がいるだけ……なら、松島はどうなんだろうか?

 松島は青葉がリアルで見てきた中では群を抜いて容姿が整っている。チープな言い方をするなら、その辺のアイドルなどよりもよっぽど優れた顔の造形を持ったクラスメイト。


 しかし彼女は自らの容姿を貶めて影を色濃くし、周囲から認識されないよう隠れて生活している。

なぜ? 


 それは彼女いわく、周囲を観察するためには目立つ自分の容姿が邪魔だったから。作家としての彼女はとてもストイックに、自分の作品を作るための障害を取り除き、一度きりの青春に見向きもせず執筆に邁進している……………………本当に、そうなのか?


 若林いわく、この世界にはブスになっていく人間しかいないという。自分という存在を磨くことなく生きていけば、たとえどれだけ優れた宝石だって輝くことはない。なら、松島はその限りではないというのか?


 そんなはずはない。以前に見かけた“美人”の松島は、ほんのりとではあるがしっかりと化粧をしていた。

 服装だってかなり気を遣っていたように見える。傍から見ても芋クサイ印象はなかった。

 ファッションセンスに疎い青葉でもそれくらいはわかる。それは要するに……彼女は最低限、いやそれ以上に自分というものを磨いてきているということだ。


 それを誰に見つけてもらうことも望まず、徹底して地味なキャラを装うというのは、本当にただ小説を書くためだけ、なのだろうか……? 


 人には承認欲求というものがある。青葉はよく知っている。自分の積み上げてきた努力は誰かに認められたい。決して見られないままでいい、などと完全に割り切れるものじゃない。それが、松島ほどに完成された成果であれば、尚更ではないのか。


 よく考えれば、青葉は松島がライトノベル作家であることとその名前以外、本当に、なにも知らない。


 むろん、だから相手の領域に踏み込んで行こう、などと青葉は思い至らない。ラノベの主人公のように、ズケズケと相手の懐を探るように踏み込んで行くというのは、あるいは領土侵犯と変わらない。

 青葉とて、土足で自分の心の中に踏み入れられたのなら、その相手を嫌悪し排除したくなる。


 しかし、それでも、気になった……


 たった一人、彼女は昼休みに、青葉と別に行動している時、一体どこで、何をしているのか。何を、食べているのか。

 青葉の中で松島への興味が湧いてくる。関心が生まれてしまう。

 些細な切っ掛けだ。ちょっと気になった。ただそれだけのこと。


 だが、好奇心はそのまま膨れ上がって、『なぜ』、青葉の頭の中でゆっくりと、レコードの針が何度も盤面を往復するように、脳の皺をカリカリと引っかいた――

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