第20話『女友達の持論』

「さ~て、あおっち。どういうつもりか説明してもらえるかな~?」


 昼休み。校内の学食。注文品の受け取りカウンターから最も離れた場所に位置する長方形の四人掛けテーブルにて、青葉と若林が対面する格好で腰掛けている。


 青葉の前にはネギラーメン、若林の前にはかき上げがデカデカと乗っかった天そばが、それぞれ食欲をそそる湯気を立てながら食される瞬間を待っている。


 が、どちらも箸に手が伸びない。


 若林は口元に笑みこそ浮かべてはいるが、目が笑っていない上に口調からは完全に非難の色が見て取れた。


「一応誤魔化してはくれたけどさ、アレは私的にはアウト! あの後も質問攻めで全部かわすの大変だったんだから~!」

「悪い悪い」

「それ全然悪いと思ってない人の口調! 平坦! もっと心を込めようよ!」

「大変申し訳ありませんでした若林様」

「あおっち私の事バカにしてるでしょ!?」

「まさか。クラスどころか学年一の人気者兼美女であらせられる若林をバカにするなど」

「いやもうその喋りからしてバカにしてるヤツ!」


 若林は注文した天そばに乗ったかき上げに箸を突き刺してぐちゃぐちゃに崩していく。


 余談だがこの天そば、実はこの学食で一番高い上に、昼休み前の休み時間に事前注文しておかないと食べられなかったりする。

 なんでもかき上げを直前に揚げて準備しておくのだとか。面倒な上にコスパも悪いので注文する人間はそう多くない。


「まあなんていうか。ああいう場は正直苦手。注目されるのも嫌だからお前に丸投げしたって感じ。話題の選び方が悪かったのは謝るよ。悪かった」


 素直に、青葉は自分の内心を若林に打ち明ける。若林は少なくとも人の苦手としていることを冷やかしてきたりはしない。それを知っているからこそ青葉も正直に、なかば明け透けに全て吐露している。


「……あおっちってさ、前から思ってたけど割と普通に話せるのに距離あるよね。誰とでも」

「そうか?」

「そうだよ。ていうか、私にも対してもそうでしょ」


 指摘されて、青葉はふと湯気を立てるラーメンを視界に考える。はて、自分はこの少女にも他人と同じように接しているのだろうか、と。

 若林と泉に関していえば、割と青葉は自分の内側を晒して接しているという印象だ。


 むろんだからといって隠し事をしてないわけではないが。松島のこと、小説を書いていること、昔の事、上げればキリがないほどに、青葉は若林に明かしていない秘密を抱えている。


 だが、それがイコール相手への不誠実に繋がるわけじゃない。


 とどのつまり、秘密なんて誰でも抱えているわけであり、それを明かさないことが気安くないわけではないと青葉は思うわけなのだが。それでも、距離はあるのだろうか。


「う~ん。距離って言葉は正しくないか。なんていうか、線引き、かな。あおっちの場合は」

「線引きねぇ……」

「まぁ、だからあおっちが冷たい人だとかそういうことじゃないんだけど。やっぱり私的には気になるっていうかね。ほら、私ってけっこう誰とでも仲良くなれる人間だと思うんだよね。自分で言うのもなんだけど」

「そうだな」


 下手すれば自信過剰なんじゃないかと取れる言葉でも、若林の場合それはただ純粋な事実である。

 学年一の人気者なんて、言うのは簡単だがなろうと思って簡単になれるものでもない。

 若林が自分に対して確かな自信を持っているのは当然だろう。


「でもさ、あおっちってなんか私を見てるような見てないような。なんて言うんだろう……うまく言えないんだけどさ、私のことテレビに出てる芸能人みたいに見てる感じ?」


 なんとなく言い得て妙だと青葉は思った。


 確かに青葉は若林に芸能人に近いものを感じている。画面でならすぐ近くでその顔を拝めるのに、まるで埋められない距離とか壁とかが目の前にあるような感覚。無意識下でも、青葉によって若葉明里は特別な少女なのだ。


 誤解のないように言っておくが、青葉は決して若林に恋愛感情は抱いていない。特別とはそういうことではなく。


「あおっちさ。勝手に私とあおっちは生きてる世界が違うとか思ってない?」

「さぁ、どうだろ?」


 などと誤魔化しつつ、青葉にとって目の前の少女は、以前の図書館のカウンターにいた顔も知らない女生徒や、下の名前もおぼろなクラスメイト達のような有象無象たちと同じように、どうでもいい、と割り切って相手ができる存在じゃない。


 一緒にいることに時おり場違いのような感覚を覚える時もあるし、彼女のいる世界に自分という存在が入り込んでいく勇気も持ち合わせていない。


「あおっちってさ、カッコいい自分になりたいとか、思ったりしないの? 極端な話、芸能人みたいなイケメンになりたい、みたいな」


 いきなり何を訊いてくるんだろうと青葉は首を傾げる。しかしこの世にカッコいい自分になりたくない男子はほとんどいないだろうと深く考えずに頷く。


「そりゃ、なれるならなりたいだろ。誰だって」

「うん。だよね。で、私はもっと可愛くなりたい。将来は美人って呼ばれる女の人になりたい。年取っても美魔女になってやる、って本気で思ってる」

「若林なら普通になれてる気がするけど」

「ありがと。でもさ、今を維持するのって大変なんだよ? そのくせさ、ブスになるのはすっごく簡単。何もしないで自堕落に生きてればいいんだもん」

「まぁそうかもな」


 食って、寝て、一日中なんにも考えないでただ自由に過ごしていればいい。そうすれば時間の経過で人は衰えていく。


 人間に限らず生物なんてものは神様が衰えるように作ったのだから当たり前だ。それだけは万人に言える事。とんでもなく偉い奴も史上最悪の犯罪者も最高の聖人も衰える。平等だ。


「私さ、最初から可愛い人も、カッコいい人もいないって思ってるんだ。スタートラインは皆同じで、ブスになっていく人、ブサイクになっていく人、いるのはこれだけだって」


 極論だと思う。世の中にはどう足掻いても顔の造形に難のある人間はいるだろ。


「別に外見だけの話じゃなくてさ、内面的な部分もそう。昔の時代劇とかさ、別に顔は良くないのに妙に雰囲気がカッコいい役者っているじゃん?」

「若林って時代劇とか見るんだ」

「おばあちゃんの影響でね。再放送とかやってると見ちゃうかも」

「へぇ」


 おばあちゃん子だったとは以前に聞いていたが、時代劇を見るほど影響されるというのは相当ではないだろうか。花の女子高生が時代劇というのも珍しい。いや、そういえば昔は歴女とかが流行っていたか。

 青葉がまだ小さい頃の話だが。そう考えると意外と珍しいというわけでもないのかもしれない。かくいう青葉も、


「でも確かに顔が今風のイケメンじゃなくてもカッコいい人っているな」

「でしょ?」


 母がよく時代劇を見ているため自然と見るようになっていたりする。青葉と若林、どんなにかけ離れた二人でも意外と共通する部分があったりするのだから不思議である。


「だからさ。あおっともきっとカッコよくなれると思うよ。そしたらさ、あおっちも変に自分の世界を閉じたりしなんじゃない? 健全な精神は健全な肉体から。健全な社交性は健全な見た目から、ってね」

「そういうもんかねぇ」

「学年一の人気者がいうんだから間違いない!」

「すげぇ自信」

「見た目の自信って内面にも表れるんだよ。卑屈になってる奴って見た目もカッコ悪いじゃん?」

「まぁな」


 根暗は顔も見えないことが多い。髪の毛、姿勢、そもそも人と顔を合わせられないなど。


「でもさ、何気に嬉しかったんだよ、あおっちがうちのクラスに自分から遊びに来てくれたの。いっつもこそこそと会ってたからさ、もっと大っぴらにあおっちと話したいな~、ってずっと思ってたんだよね。あかっちもあおっちのこと気に入ってたみたいだし、今度からはもっとこっちに遊びにきなよ~」

「そういうこと言ってると、また勘違い野郎が出てきて告白されるぞ」

「大丈夫。あおっちはどうせ私のこと、そこまで好きじゃないでしょ?」

「ライクはあるぜ」

「それは知ってる」


 ハッキリと、若林は呆気からんにそんなことを言う。


 好きじゃない……


 確かにその通りだ。青葉は目の前の少女に恋愛感情を抱いていない。きっとこれからも抱かない可能性が高い。仲のいい友達止まりのまま、きっとこの学校を卒業する。そんな未来が簡単に想像できる。


 その後は……


「私さ、あおっちが誰かを好きになったら、きっと物凄い情熱的になるんじゃないかなぁ、って思うんだぁ」

「何を根拠に?」

「女の勘!」

「それすごい便利な言葉な」

「だよね、あはははっ!」


 なんともおかしな感じがする。話が二転三転して、結局のところ何を話していたのかよく思い出せない。でも、会話なんてそんなものだ。日常の一コマを切り取った描写にどんな大層なものが隠れているというか。


「あ、でもさ。なんであおっちこっちの教室に来てたん? やっぱ……私に会いに来てたとか!?」

「いや、なんていうか……人間観察?」

「なにそれ?」


 頼んだラーメンもそばも伸びて、若林はそれにも「ウケる!」とか言って笑い、妙に楽しそうだ。青葉にはなにが面白いのか分からない。


 しかし、人気者の秘訣は、まずこうやってなんにでもポジティブな感情を抱いて笑えるこんなじゃないかと、青葉はひっそり脳内にメモしておいた。

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