第18話『友人観察スタート』

 翌日から、青葉はキャラづくりのために松島から課されたお題である人間観察に着手していた。


 と言っても、片方は普段の交流がある泉である。観察しようと思えばいくらでも観察できた。


「でよ、いまだに部室の鍵が直らなくてなぁ」

「って、まだなのかよ。いい加減ながくないか?」


 朝のショートホームルーム前。教室に向かう傍ら、青葉は泉との会話の中で彼のキャラクターを掴もうと気付かれない程度に注視する。


「いや業者は来たんだけどな。どうにも鍵だけじゃなくて扉そのものが歪んじまって、鍵を変えただけじゃダメだって話でな」

「マジか」

「んなわけで、扉丸ごと交換しねぇといけねぇから。まだ時間かかってるわけだ」

「ご愁傷様」


 苦笑する泉を前に手を合わせて拝むフリをする青葉。


「ああ、でも最近部活の先輩がちょっとしたコツを使えば扉が開くって教えてくれてよ。部室自体は使えるようになったんだわ」

「そういや今日はちゃんと制服着てんな」


 などと会話をしつつ、泉のことをチラチラと盗み見る。


 動きに癖みたいなものはないか。あるいは会話の際の口癖は。青葉意外と接するときの泉はどんな会話を選び、人によってどう対応しているのか。

 好きなモノは。嫌いなモノは。得意なことは何か。

 既に知っている情報。まだ知らない情報。それらを深堀、あるいは新たに発見しながら泉大地という人間のキャラクターを掘り下げていく。


 まだ初日。どの情報がどれだけ必要など分からない青葉は、とにかく泉を観察し続け、なんとなく気付いたことがあればスマホを取り出して咄嗟にメモしていく。


 松島いわく。情報は多ければ多いほど、全てを使わなくても後から困らないとのことだ。素材がすくなくて薄味のキャラになってしまっては元も子もない。


 見えざるバックボーンはキャラに厚みを持たせる。骨や筋肉、内臓と一緒。青葉は隙を見てはメモを取り続けた。が、


 ――昼休み。授業終了の鐘の音を合図に、学食、購買という戦場へ駆ける兵どもが教室から続々と飛び出していくのを見送る中。不意に泉が青葉の前に立つ。


「お前、今朝から何してんだ? なんかちょいちょいスマホいじってっけど」


 今日は松島と会う予定もなく、教室から学食へと移動しようとした矢先に泉に声を掛けられた。「先いってるぞ~!」と後ろから他のクラスメイトに声を掛けられて「お~!」と泉は返す。


「しばらく遊んでなかったソシャゲをプレイ中」

「あれ? お前ってスマホでゲームする派だっけ?」

「ちょっと気になるイベントがあってな」


 まさかお前の観察記録を入力してるなどと言えるはずもなく、青葉は咄嗟に誤魔化した。


「ふ~ん。俺、そういうのほとんどやらねぇからなぁ。部活仲間に誘われてインストしたヤツも、ほとんど遊んでねぇや」

「お前は青春に生きる主人公だからな」

「おうよ! 人生なんて一回きり! 華の十代にめいっぱいアオハルしてやるぜ!」


 基本的に暑苦しいが学園生活を素直に楽しんでいる泉は捻くれたところがない。だからこそ人が自然と集まる。

 やはりネクラで物事を斜にかまえた人間よりはこういった人種こそがうまいこと世渡りしていくのだろうと青葉は思う。


 ラノベの中で、現実に対して卑屈になっている主人公は多いが。それでも彼らは形の違いはあれ青春している。

 しかし特別な状況に放り込まれて否応なしにといった感じ。状況にながされるのがラノベ主人公の様式美である。


 なら、今の自分はどうなのだろうと青葉は内心で首を捻る。


 使い古されたネタのごとく、青葉は現役女子高生ライトノベル作家である松島と今は行動を共にしている。しかも彼女は地味を装った美人というこれまた使い古されたキャラクター性でもって現実にこの学園に存在している。


 そんな彼女と自分は関わりを持った。先日に松島にも言われたが、確かに今の自分は俗にいうモブキャラという枠組みには当てはまらない。


 ここで下手を打ち彼女との関係性が途切れない限りは、青葉はどこかの誰かが書いた安っぽい青春ラブコメの主人公ポジションだ。しかしながら、青葉は自分でそれを否定する。


 キャラクターが濃いと思えるほどに自分はネクラでも捻くれてもおらず、さりとて目の前にいる親友のように人間的にも社交性に明るいキャラクターではない、どっち付かずの中途半端なキャラクターだ。


 確かに松島の言う通り、キャラは濃い目であることが重要だ。


 もし仮に、自分が主人公の作品を世の誰かが読んだのだとしたら、これほどつまらない主人公はいないと太鼓判をもらえることだろう。


「俺は泉が羨ましいよ。そこまで前向きに学園生活を送れるってのは」

「ならお前も部活しようぜ! 今からだって十分に青春できるって!」

「いやいや。もう一年も入ってるところに素人の先輩が入るとか」


 なんとも微妙だ。少なくとも奇異の目には晒されることだろう。さすがにそれは勘弁願いたいところである。


「う~ん。俺はいい線行くと思うんだけどなぁ」

「お前は俺を過大評価しているな。まぁそれはいいけど。さっさと部室の鍵、もとい扉か。直るといいな」

「だなぁ。コツがあるってもやっぱ面倒だからな」


 それでも、青葉は別に今の中途半端な自分の事が嫌いではない。

 友達が少ないことでなにか悲劇的なことに見舞わることもなく。さりとて灰色に限りなく近い青だろうがそれはそれでアオハルだろう。


 振り返ったその時、それが嫌な思い出ではなく、あの頃に戻れたらなぁ、なんて愚痴が零れてくるものだったのなら上等ではないだろうか。


 どれだけ全力を出しても全てに納得のいく結果など生まれない。


 よりうまくできた、この程度が関の山。それでいい。完璧を求めてもいいことなどない。完璧を求めてもついてくる結果の色彩は鮮やかにならない。


 むしろ着彩した色味に納得がいかず書き直したくなってストレスを抱えるだけだ。適度に。それこそ中途半端に。それでいい。


 青葉はそれでいい。


 泉のようにアオハルしたければすればいい。

 頑張って青春を謳歌する人間を否定などしない。


 楽しんでいる誰かをひがむように見つめたところで己の惨めを晒すだけ。


 それに、なんやかんやと、そんなリアルを充実させている人間は大抵の場合、非リアともそれなりの距離感を持って話かけてきてくれたりと面倒見が良い。

 敵対するには彼らはあまりにもいい奴が多すぎる。


 ……とはいえ。中にはどうしようもない連中もいたりする。


 誰かを無自覚に攻撃し、貶めて、略奪し、嘲笑う……

 そんなことをしている自分こそを正当な勝ち組だと勘違いしているような奴ら。


 見つかってはならない、青春に潜む外敵。


 もし見つかってしまったなら、その時は……


「というか泉は大丈夫なのか? ひと、待たせるんじゃないの?」

「っとヤベ! わりぃな青葉!」


 手を上げて学食へと走る泉。しかし途中、生徒指導の教師に見つかって叱られてた。


 それを「気を付けま~す!」とか言いつつささっと走り去ってしまう。


 それを教師は苦虫を噛み潰したような表情で見送る。


 あんな感じで、目上の人間に対してちょっと反抗的な態度を取るのも、人から見れば不真面目に映るのだろうが。あの程度はやんちゃの域。微笑ましいものだ。


 そして、青葉はスマホを取り出し、メモに『教師に怒られてもお構いなし』と記入し、ポケットに押し込みながら学食へと向かった。

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