第17話『第二講義【キャラクター】―2』

「まず、私が普段使ってるキャラシートを見せるわ。これよ」

「え? 見ていいのか?」


 キャラシートはいわばキャラクターの設計図。そこには本編にも記載されていない裏設定などが掲載されていることもあり、物語本編のネタバレになることもある。


「大丈夫よ。初期に作った作品のものだし。もう完結させてるから。今更ネタバレもなにもないわ」

「それじゃ、遠慮なく」


 タブレット端末を受け取って青葉は画面に表示されている情報を確認していく。


 表示されていたのは女の子のキャラクターだ。


 ずらっと並んだ項目をびっしりと埋める文字に青葉は眩暈を覚えた。いままでただなんとなくで作ってきたキャラクター。


 ……プロはこんなにもしっかりとキャラを作りこんでんのか?


 そう思うと確かに自分の見せた作品のキャラクターが薄っぺらいもののように思えてきた。


「私はこれくらいやらないとイメージが掴めないから最初からガッツリと設定を決めちゃうけど、中には後から設定を弄れるようにあえて作りこまないっていう人もいる。それはそれで物語の幅も広がるしいいと思うけど、青葉君みたいな初心者は話を広げても収集をどうつけるか明確にできなさそうだから最初からキャラはできるだけ細かく設定を作っておくといいわ。書いててこのキャラこんなんだっけ? ってなった時にこのシートを確認すればキャラ崩壊を起こしにくくなるしね」

「なるほど」

「USBメモリにシートのフォーマットを入れてきたから使ってみるといいわ。ただしそれはあくまで私が作ったものだから、あなたの執筆スタイルに合わないようなら使わなくてもかまわないわ。好きにしなさい」

「ありがと。今日にでも使ってみる」


 ライムグリーンのスライドノックタイプUSBを受け取る。この中にタブレットの中身と同じキャラシートが入っている。しかも現役の女子高生作家が使っているのと同じものが。


 さすがにこれを使ったからといっていきなり青葉の作品が急にレベルアップするわけではないが、すくなくともロボットと揶揄されるようなキャラクターを作ってしまうことはなくなるのではないか。


 青葉はなくさないようにとバックのファスナー付き収納にUSBをしまった。


「さて、かるくキャラクターについて解説するけど、抑えるべきことはそう多くないわ。まずは作中でキャラを迷いなく目的に沿って動かせるように作りこむこと。初心者ほど作っておくといいと思うわ。その方が後で矛盾が発生しにくくなる。これはさっき言ったわね」

「ああ。取り合えずさっきのキャラシートで設定を作ってみればいいんだな」

「そうね。追加したい項目とかがあれば好きに弄りなさい。あと基本的に主人公はご都合主義が目に付いても存分に活躍させること」

「え? それって当たり前のことじゃないのか?」

「と、思うでしょ。でも意外とキャラクターをしっかりと作ると、全てのキャラに作者の愛着が根付いて視点が分散した挙句に活躍が均一化したり、主人公を他のキャラの陰に埋もれさせちゃうことがあるの」


 松島は床の積みラノベから先日テーマの話でも取り上げられたラブコメ作品を引っ張り出してくる。

 そして別の山からも、有名タイトルからマイナーな作品まで、ラブコメジャンルのライトノベルを引っこ抜いては目の前に積み上げていく。


 毎度のことながら、よく目当ての本がどこにあるか一発で探り当てられるものだと感心する。同じ山にシリーズが綺麗に並んでいるわけでもないのに、どうやって記憶しているのやら。


「主人公は読者の分身。主人公の目と意識を通して読者は物語の世界に入り込む。なのにその主人公の陰が薄くなれば必然的に読者が離れていくわ。だからこそまずは、主人公はどんな場合でも活躍させること。青葉君みたいな初心者なら、少しやり過ぎなくらいでちょうどいいわ」

「分かった」

「それと最後はキャラづくりについてよ」


 いよいよか、と青葉は少しだけ心の中で前のめりになる。先ほどキャラをロボットと言われただけに、理想のキャラをどう生み出せばいいのか。

 その答えの一端がようやく語られると思うと、興奮を覚えずにはいられない。


「まずキャラクターは青葉君の場合、主人公の男の子、ヒロインのお姉さん、この二人がキャラ的に立ってないとそもそも読む気もおきない。世に出てる作品の中には、なんでこんな文章が拙いのにウケてるんだろう、とか思ったことないかしら?」

「……確かに」


 失礼な話だが、世に出ているライトノベルがどれも文章的に見て完成された作品であるかと問われると青葉的には『NO』と口にする。素人目にも文書が簡単すぎてこれは本当にプロが書いたのか、と思う時がある。それでもヒットしている作品は多い。


「これはキャラの個性と活躍が大きく影響しているわ。基本的にラノベの読者が求めているのは小難しい文章じゃなくて面白い作品なの。物語の展開と並んで、キャラクターの魅力は作品の良し悪しを決定づけてしまうことを覚えておいて」


 松島の説明に青葉は黙って頷き、それを確認して松島は更に先を続ける。


「キャラの魅力は色んな方向性があるけど、一概にどのキャラクター性が受けるかははっきりとは分からないわ。でもこれだけは言える。キャラはどんなに自分をモブだの平均だのと言わせつつ濃い目が正解よ。本物のモブキャラを引っ張て来たところで作品には百害あって一利なし。分かるでしょ? モブとか言いつつゲームがやたらうまい。洞察力に優れる。変な行動力と理念がある。面倒事に首を突っ込むことを面倒がりつつなんやかんやと積極的に問題解決のために奔走する。実は学園一の美少女から密かにモテている。他人とは比べ物にならならいほどの辛い過去を持っている、とか」


 上げればキリがないわ、と松島は世に出ているラブコメ系ライトノベルをボスボスボスと山から引き抜いては青葉の前に並べていく。


 確かにどれも主人公が自分をクラスの空気とか言ってるくせになぜか周りに人が集まってきてたり美人なヒロインとお近づきになってたりする。

 それでいて妙に努力家であったりと「お前らのどこがモブで空気だ!」と青葉も全力ツッコミをしたのを覚えている。


「その点で言えば青葉君も私と関わった時点でモブとしては失格ね。こう言ったらなんだけど私は自分が学園では地味だけどそのじつプロの小説家で美人なキャラっていう設定マシマシなラノベ的ヒロインだと自負してるわ。そんな私と関わってる時点であなたはもうモブとは言えない。あなたのアイデンティティであるモブが消えたのよ嬉しいでしょ?」

「いやなんの話をして」

「そんなわけでキャラクターを作る際はちょっとこれは設定盛りすぎ? って思うくらいでちょうどいいわ。最初はどうしても手加減しちゃうし自分でやりすぎって思うくらいでいいのよ。そうすると自然に他の作品のキャラより個性的になってたりもするわ」

「そのスルーネタは松島の鉄板なのか?」

「話の腰を折られるのが嫌いなの、私」

「いや折ってるのはお前だと思う」

「そんなことどうでもいいわ。さて、それじゃ次よ。キャラは濃い目。でも具体的なキャライメージなんて初心者が容易に想像できるものじゃないわ。だからこそ、私が普段から地味を装ってまでしている『観察』が重要になるのよ」

「えっと、つまり……」

「青葉君はこれから作品を作り上げるために誰かを観察対象としてストーキングするのよ」

「いや言い方」


 なんとなく話の流れからそうなるような気はしてた。


 作品を作るためにキャラの設定は非常に重要だ。そのために周りにいる人間を観察し人物像を掴む。リアルなキャラを作るのにはそれこそリアルな人間を見るのが一番てっとり早い。


「私としては、泉君と若林さん辺りに張り付いて観察していれば、理想的な主人公像とヒロイン像が手に入るんじゃないかと思うのだけど」

「泉と、若林?」

「ええ。あなたの今回書いた短編は姉と弟というキャラ設定の大本はできている、そこに細かい人柄を肉付けしてくことで『人間』を作り出していくのよ。泉君は基本的に人当たりもいいし、人に好かれるキャラクターの参考にするなら適任だと思うわ。それに若林さんはとても面倒見のいい性格みたいだし、世話焼きなお姉さんというキャラを作るなら彼女の性格はうってつけね」


 青葉にとって泉と若林は親しい友人だ。この二人であればもしも青葉が視線を向けていたとしてもさほど不審に思われることはないだろう。


 もしかすると松島はそういった意味でも二人を観察するように提案したのかもしれない。もちろんキャラを作る上で二人の性格が役に立つと見たのもあるのだろうが。


 しかしクラスメイトだけはなく他のクラスの若林との繋がりまで松島に筒抜けになっているのかと思うとゾッとするものがある。


「それじゃ。今日はこのくらいで解散にしましょうか。あぁ、それと青葉君。あなたは今日一切の執筆はせずに十分睡眠を取ること」

「え? いや、俺としては少しでも作品を書いておきたいんだが」


 現状投稿している作品に関して1週間以上も執筆していない。さすがにそろそろ書き始めないと全体でどんな話を書こうとしていたのか忘れてしまう。


 青葉は帰ってすぐに執筆に取り掛かるつもりでいたのだが。


「ダメよ。あなた、この1週間まともに寝てないでしょ?」

「まぁ、確かに睡眠時間はちょっと削ったりもしたけど」

「そこまで大きな隈ができるほどの寝不足なら深刻よ。泉君にも心配されてたでしょ」


 ここ数日。目の下のでっかい隈を作る青葉に泉はもとより若林も心配して声を掛けてきていた。

 しかし青葉としては、やりたいことをやった結果としての寝不足であったため、心配ないと応えておいたが。


「世の中寝ないで執筆する作家は確かに多いわ。締め切りに追われて寝られない、なんてことがあるのも確かだけど。結局のところ。より集中して仕上げるなら十分な睡眠時間を確保して翌日に短時間集中で書き上げた方がよほど効率がいいわ。私も書き始めのころは三徹とか普通にしてたけど。最近はさっさと寝て朝早くに執筆した方が深夜に書くよりも文章量が増えたくらいだし。眠い目を擦って書くくらいならいさぎよく寝るに限るわ。健康的な観点から見てもね。特にあなたはプロってわけでもないんだから、さっさと寝て朝型人間になりなさい。そんなわけで、今日は無駄にソシャゲとかもしないでさっさと寝ること。いいわね」

「なんか母親みたいなこと言うな」

「あなたがもしも私の息子ならすでに育児放棄してるわね」

「児童虐待反対ネグレイト撲滅」


 ――結局。


 その日は松島に従って特に何もせずに……いや、最近積みっぱなしになっていたラノベをいくらか読んでベッドに入った。意外と、ベッドにくるまった途端にまどろみが瞼を強引に引っ張り、夢の中をたゆたうことになった青葉。


 翌朝。松島に指示された5時半頃にアラームをセットし、六時頃まで軽く柔軟程度で体を動かしてから母親に朝食を呼ばれるまで執筆してみる。


 以前にも似たようなことがあったが、スラスラと文章が書けたような気がした。


 やはり先輩作家の言葉は侮れないな、と思い知った青葉なのであった。

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