第15話『新しい宿題』
「さて、青葉君で遊ぶのはこの辺にして」
「おい」
「冗談よ……先日話した内容は覚えているかしら?」
「この間のって……テーマの話か?」
「へぇ。ちゃんと覚えてたのね。キチンと脳みそに皺が刻まれてるようで安心したわ」
いちいち毒を吐かないと彼女は生きていけないのだろうか。
「で、こないだの話が、なんだって?」
「前はざっくりとあなたが書きたい『ジャンル』を決めたわね。でも、また具体的な内容は決まってない。あなたがラブコメを書いてみたいというのはいいとして、どんな内容の話を書いてみたいかは、考えてきてあるのかしら?」
青葉のこれまで書いてきた作品にはテーマが定まっていないために、物語の指向性が曖昧な状態であった。そこを指摘されて、青葉としても自分なりにどんな話を書きたいのかは考えていた。
「……実は、ちょっと書いてみたい話があって」
「まぁあなたのことだからまだうじうじと悩んでるんでしょうけど……え、決まってるの?」
「一応」
「てっきりうじうじと悩んでるのかと思ったけど。そう……なら話が早いわ。それで、青葉君はどんな話を書いてみたいのかしら?」
青葉は自分の考えを口にする前に、先日から脳裏にチラつく同性愛者の少女を思い出し、それと併せて自分の趣味嗜好を絡めた上で整理、内容の説明のためにゆっくりと口を開いた。
「俺ってさ、年上の女性が好きなんだよ」
「いきなり何を言い出しているのかしらこいつはここは性癖暴露会の会場じゃないのだけど」
「そうじゃなくて。こう、年上の女性に憧れがあって。自分の書く作品にも、そういった要素を絡めないなって思ってさ」
「ああ、そういうこと。いいんじゃないかしら。歳の差ラブは前からラノベでも扱いのあるテーマだし、扱いによってはかなり面白い作品になるわ。で、具体的な内容まで考えてあるの?」
青葉は自分が脳内で組み立てた物語を解説していく。
・まず、主人公と年上のヒロインは姉妹関係という設定。
・姉妹なので一つ屋根の下、共に生活している。姉はかなりブラコン気味。
・主人子は姉に強い憧れを抱いており、恋心に発展してしまうが、血の繋がった姉妹であるがゆえにその気持ちを抑え込んでいる。
・しかし主人公は実は幼いころに両親を亡くして今の家に引き取られた養子。
・そのことを姉であるヒロインは知っており、そのせいで主人公を異性として見てしまう。しかし本当の家族であると思っている主人公のことを考えて自分の気持ちは抑えている。
「――って、感じなんだけど」
一通り説明を終えた青葉が、松島の反応を窺う。
この話は先日の若林に告白したあの後輩少女が、世間的、あるいは現実的に見ればあまり受け入れられていない恋愛をしていることから思いついたネタだった。
それでいて青葉の趣味嗜好である年上女性を内容に絡めた時、ヒロインを義理の姉とすれば自分もイメージを広げて書いていけるんじゃないか。
結局のところ、書きたいという思う話にはどうしたって個人の趣味嗜好が反映されるものだ。特にネット小説ではSNSで作者の趣味丸出しと揶揄される程度に好きなことを書いている人が大半だろう。
そもそも書くことが楽しくなければ趣味の小説など書く意味はない。娯楽など本来はなくても生きていける。それでも人生のリソースを割いてまで書きたいと思うのはそれが好きだからに他ならない。
「……そうね。割とテンプレートな内容だけど、書き方によっては刺さると思うわ。いいんじゃないかしら。使い古されたネタも、話の構成で新鮮味を出すことはできるしね」
「じゃあ」
「ええ。この内容だとテーマは家族愛、もしくは禁断の愛という感じで落ち着くかしらね。現実で直接的な近親相姦に繋がりそうなネタは掲載できないけど、義理という符号を付けてあげれば結婚まで行けるわけだし扱ってる作品も多いわ。ただしあなたの場合は二人の感情を同時進行できっちり書かないといけないからそこが難しいかもしれないけど。それでも書きたいのね?」
「ああ。というか、今すぐにでも書いてみたい」
ネット小説を書いていると、既存の作品以外のネタが浮かぶと取り合えず書いてみたくなる。
元の話をきちんと書き切ることが本当は重要なことを青葉も理解しているが、初動でのモチベーションで筆が進む快感を知っているとどうしても新作を書きたくなってしまうのだ。
「そうね。確かに書いてみたいって思う衝動って、ネタを思いついた時が一番強いから。つい書きたくなっちゃうのよね。でも、あなたはテーマこそ決まったけど、まだ話の筋道が曖昧なままよ。このままだと作品の行方が迷走するだけだから、青葉君は今自分で口にしたネタをしっかりと何かに書き留めておくこと。思いついた直後はいいけど、しばらくして冷静にみるとまた違った点が見えてくることもある。あと、思いついたネタを忘れないためにもね」
青葉は「分かった」とスマホを取り出して、松島に言われた通りにネタをメモしていく。
「さて、それじゃ書きたいテーマ性も決まったところで宿題を出すわよ」
「また随分いきなりだな」
「1週間あげるから、その期間中に今のテーマに沿って短編を仕上げてきなさい」
「え? 短編? さっきのネタで連載作品を書くんじゃなくて?」
「あのね青葉君。あなた作品をどれも完結させてないわよね? 適当な部分で話が切れてエタってる」
「ぐ……はい。その通りです」
エタる、とは連載作品が完結しないままずっと更新されないことを差す。
永遠を意味するエターナルをもじったものだ。これの意味するところは、永遠に完結しない作品、である。
青葉もそんなエタッた作品がいくつもあり、どれも中途半端なところで物語が区切られている。
「よく言われることなんだけど、初心者は長編を書き上げようとしてもまず失敗するわ。そもそもその道のプロだって作品をエタらせるのよ。大半は打ち切りだけど、アニメ化までされた作品が数年間も音沙汰ないことなんてザラでしょ?」
「確かに」
「続きが出ない要因は色々あるけど、その中の一つに展開に行き詰って書けなくなる、というものがあるわ。初心者だとこれが顕著に出るわね。これは青葉君みたいに見切り発車でゴール設定もしないまま無謀な挑戦をするからそうなるの。完走したいならせめて目に見えるゴールを作るべきね。でもゴールをつくってもエタる時はエタる。むしろエタることの方が多い。長編は物語の量が膨大だから途中で飽きちゃうこともあるわ。だからこその、短編執筆なのよ」
短編は原稿用紙に換算すると10~100ページ程度。
文字数も4000文字から30000文字くらいで完結する。
「小説投稿サイトの1話あたりの文字数は3000文字前後が読みやすいとされているわ。あなたの作品はそれより少なくて2000文字くらいだけど、それでも話数に直せば2~3話、長くても10話分くらいよ。それだけの文字数なら話も完結しやすいでしょ? まずはとにかく、物語を完結させることに挑戦しなさい。エタるって簡単に言うけど、今まで読んでくれた読者を裏切る行為だってことをよく覚えておくこと。こういう言葉があるわ。『未完の傑作より完成した駄作』って。駄作を生み出すことをよしとする言葉じゃないけど、書いたなら最後まで責任を持ちなさいって教訓として、私は受け取っているわ」
「なるほど」
確かに。どんな結末になるにせよ、作品が途中で止まってしまうのはどこか寂しい。
今まで活躍していた登場キャラたちが、どこにもいけないまま彷徨っている感じとでもいうか。
宙ぶらりんというのも居心地悪く、終わりのないRPGほどプレイする気の失せるもと同じように、作品にも結末が用意されていることを前提に読む方が楽しめるというものだ。
が、いつまでも終わってほしくない、と思ってしまう心理も僅かながらにあったりもするのだが、それだって終わりがあればこそだ。
「前にも少し言ったと思うけど、私はこう見えてもあなたがこれから先どんな話を書いてくるのか興味を持っているし、読んでみたいと思ってるわ」
「ああ」
覚えている。
自分の作品は松島から見ても決して面白い作品ではなかった、にも拘わらず、彼女は青葉の作品を読んでみたいと、そう言ってくれたのだ。
誰からも見向きもされなかった作品が、有名作家である彼女の興味を引いていることを怪訝に思う部分もあるが、向けられた期待に身が引き締まらなければそれは嘘というものだろう。
「駄作も傑作も偏に読むことの楽しみに変わりはないと私は思ってるわ。読後感が満足のいくものなのかそうでないのか。時間を有意義に過ごしたと思うのか無駄に過ごしたと思うのか。もちろんプラスの評価が付く作品に巡り合えたら嬉しいけど、ダメな作品に当たってもなにがダメだったのか個人的に分析してみると、意外な発見があるものよ。まぁ、それでも見るに堪えないモノは確かにあるのだけど」
と、松島は眼鏡を外して、その下に覗く怜悧な瞳を青葉に向けてくる。
「誰だって駄作くらい書くわ。プロだって例外じゃない。今がダメだからって卑屈になってるくらいなら、まずはそんな自分じゃなくてキーボードとモニターに向かい合ってなさい。その方が何倍も建設的よ」
「分かった」
松島の言葉に青葉は素直に頷く。こと小説のことに関して彼女は茶化したり必要以上に相手をコケ落としてくることはない。
どこまでも真摯な彼女の姿勢に、青葉は手元のスマホに記載されたメモを見つめ、執筆のモチベーションを向上させるのだった。
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