第14話『これが彼女の指導方法』

 翌日の放課後――


「さて、今日が感想文もといレビュー提出の期限なわけだけど……ちゃんと書いてきたでしょうね?」

「おう。取り合えずは」

「はっきりしない返事ね。まぁ取り合えず読ませてもらうから、そこで適当に本でも読むなりエクソシストごっこするなり好きにしてないさい」

「俺は十字架もなにも持ってないぞ」

「ブリッジでもして階段から駆け下りくればいいでしょ。ちなみに気が散るからやるなら外側の階段でやりなさい」

「昇天させられる側かよ。いややらないけど」

「ブリッジが?」

「どっちもだよ」

「軟弱ね。現代っ子はブリッジもできないなんて」


 お前はできるのかよ、と突っ込みたい青葉だがここはぐっと我慢し適当に返事を返す。それが松島との正しい付き合い方であると学び始めた。


「そうですね」


 青葉は適当に松島のボケを聞き流し、肩のバックを階段に置いて床に積まれたライトノベルの中から『妹〇ザ』を引っこ抜いて階段に腰を下ろして読み始める。


 クラスメイトの妹が主人公の部屋で無防備を晒し体を張ってウザ絡みしていく。


 コミカルでテンポのいい会話が読んでて気持ちいいと感じる文章。物書きをしているとどうしても物語に没入するより文章の書き方に目が行くときがある。


 青葉が冒頭のシーンを軽く読み終えたあたりで、松島が「終わったわ」と声を掛けてくる。


「意外と時間が掛かったな」

「私が読んだことないタイトルだったから。あなたの感想分を読むついでにダウンロードして本編ザックリと読んでみたのよ」


 松島がスマホの画面を青葉に見せてくる。確かに青葉が感想文を書くためにチョイスした作品の表紙が画面いっぱいに表示されている。


『スライム〇して300年』小説投稿サイトで絶大な支持を受け、書籍の発行部数100万部を超えた超人気作だ。


「意外だな。それけっこう人気あるし、松島はもう読んでると思ってたけど」


「私基本的に紙の本は文庫サイズしか読まないの。まぁ本当に気になった作品はこうして電子で買って読んだりするけど。この本はまだ目を通してなかったわ。いい機会だし一気に読んでみるわ」


 そう言って松島が電子本を閉じると、既に既刊全てが画面上にズラッと並んでいた。


 ……え? まさかこれ、今全部買ったのか!? 


 と青葉は前のめりに画面へと食いついた。


「それ、全部でいくら掛かって」

「溜まってたポイントの割引入れて1万5千円くらい。あ、漫画も全部買ったから2万円超えてるわねこれ」

「……」


 彼女の金銭感覚に青葉は眩暈を起こした。普通の高校生がその場でポンと2万円を支払うことはまずない。ましてやそんな気軽に諭吉を2人もリリースするなど発狂ものである。


 これが印税で稼いでいる作者の金銭感覚なのか。それにしたって思い切りが良すぎる。


「さてそれじゃいよいよ本題なのだけど。あなたの書いたレビュー」

「……どうだった?」


 いや、いきなり2万円も支払ったのだから、それなりに作品へ興味関心を引く内容にはなっていたのではないだろうか。青葉は自信を持って松島からの回答を待つ。


「単なるあらすじを書いて来るなとは言ったけど、物語じゃなくてキャラクターを羅列してプロフィール紹介してくるレビューが出てくるとは予想外だったわ。特にこのドラゴン娘の紹介に熱が入っててすごかったわちょっと引くくらいに」


 青葉の頬が引きつる。


「つ、つまり?」


 もうすでに返ってくる答えは分かり切っていてなお、青葉は一縷の望みにすがるような思いで松島にたずねる。


「全くダメ」

「ですよね~……」


 いや、青葉も書いている途中からこれでいいのかと思いはしていただのが。物語に視点を当てて書こうとするとどうにも感想がまとまり切らずに文字が大幅にオーバーしてしまったのだ。


 しかも一部はあらすじをなぞるような文章にもなってしまったこともあり、これでは余計に松島に見せられないと思い至った結果、青葉はキャラ紹介というかなり黒よりのグレーな手法を取ったのだ。


 結果はものの見事にアウトだったわけだが……


「これなら公式のキャラクター紹介でも見ればいいだけだもの。青葉君がどのキャラクターを推しているかは十分に伝わってきたけどそれだけよ。物語の面白さはまるで分からないわ」

「すみません」

「まぁでも奇抜に走った点だけを考慮してあなたの痴態を晒すのだけは勘弁してあげる」

「ありがとうございます」

「でも全く罰がないというのも面白くないわね……どうしたものかしら」


 なにやら不穏な気配を感じ取った青葉。松島は空間の一角に積み上げられたグッズ類の入った箱を漁っている。


「あ、これいいわね」

「はい?」


 言うなり松島は、積まれた段ボールの中からキャラ物のTシャツを引っ張り出して、


「青葉君、サイズは?」

「なんのでしょうか?」

「服の」

「教えたくありません」


 非情に嫌な予感しかしない。


「じゃあいいわ。これで。ピチピチのヤツを着させて走り回らせるのも絵的に面白そうだし」

「なに?」

「青葉君。これを着て、今すぐ全力で走ってきなさい」


 可愛い女の子のイラストがプリントされたTシャツ。キャラもどこかで見覚えがある。どう見てもオタクグッズだ。これを着て、走ってこい? どこを?


「あの~、ちなみにどこを走ってこいと……」

「は? 校舎に決まってでしょ? それくらい話の流れから察することができるでしょ」

「やめてください俺の学校生活が破滅する」

「私はそれでもかまわないわ」


 冷たく言い放つ松島。従わなければ青葉の痴態を暴露すると脅してくる。


 しかしここで素直にこのキャラTを着て走ってくればどのみち校内で噂されるのは必至。だが松島は絶対に譲らないと言わんばばかりにキャラTを無言で突き出してくる。それでも青葉は抵抗。


 なんとか女性キャラではなく男性キャラがプリントされているシャツを着るということで妥協してもらい、(果たして本当に妥協できているかは不明)青葉は校舎を顔を見られないよう気を付けながら全力で駆け抜けた。


 かなり恥ずかしい。


 校内でキャラ物のシャツきた男子学生が全力で走っていた姿は多くの学生に目撃され、しばらく噂が流れることとなったのは言うまでもない。


 ――そして逃げ帰るように松島の下まで戻ってきた青葉。


「あら、思ったより早かったわね。意外」


 青葉は運動が嫌いなだけで決して体力がないわけではない。


 とはいえできるだけ生徒の視界に収まらないように全力で走り続けたせいで汗だくだ。


「もうちょっと、掛ける言葉とか、あると思う」


 さすがにちょっと非難を込めて松島を睨んでみるものの、彼女はどこ吹く風でおさげを払い、


「変なもの書いてくるのが悪い」


 とばっさり切り捨てられた。


 青葉はげんなりと俯きつつ、階段に置きっぱなしにしていたバックからペットボトル飲料を取り出して一気に喉へと流し込んで一息つく。


「それ、あげるわ。あなたの汗を全力で吸い込んだシャツなんて返されても処理に困るから」

「いや全力でいらないんだけど」

「女の子からの贈り物なんだから喜びなさいよ」


 ……それならせめてもっと別のものにしてくれ。


「また妙なもの書いてきたら、次は本当にあなたの恥ずかしい暴露話を広めるか……あるいはもっと過酷な罰ゲームをしてもらうから。心して掛かるように」

「鬼……」


 青葉は爽やかな笑みを浮かべるプリントされた男性キャラを見下ろして大きくため息を漏らした。


 今更ながら、これが彼女の育成方針なのか、と青葉は肩を落とした。

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