第12話『最初の講義【テーマ】―2』
「やっぱアレかな」
と、青葉はしばらく考えたのち、一つのタイトルが脳裏に浮かんだ。
ぼっちを極めた主人公が、とある部活(?)に勧誘(連行)され、そこで出会ったヒロインと共に様々な依頼に挑み、少しずつ人間関係を広げていく。捻くれまくった主人公の描写がかなり特徴的で、時には自らがヒール役を買ってでも問題に立ち向かう。
そして徐々にヒロインたちとの関係にも変化が生じて、という物語。
1巻の初版が出版された当時はまだ青葉も小さかった。不意の出会いで知った作品だったが、今もかなりお気に入りの作品だ。
「ふ~ん。なるほどね……でも確かにあなたは好きそうよね。捻くれた俺カッコいい、みたいな感じのところとか。なのになんやかんやと異性に注目されてるあたりは普通にラブコメよね」
「批判してる?」
「いいえ。むしろ私も好きよ、あの作品。むしろ……うらやましいわ」
「羨ましい?」
またしても松島から出てきた「羨ましい」という言葉に青葉は首を横に倒す。
「気にしなくていいわ。それよりも」
と、松島は床にずらっと広がる文庫本の山。その一角を崩すと、件の小説の第1巻が普通に出てきた。山をよく見れば、既刊が全て揃っている。
「このタイトルだと、ジャンルは青春群像……あとはゴリゴリのラブコメね」
「だろうな」
「じゃあ、青葉君が一番興味があるのは、こういった実際の学園を舞台にした青春の恋愛小説に一番興味があるってことね」
「そういう、ことになるのかな……」
青葉はこれまで何が自分の中で一番であるかなどということは特に気にしたこともなった。
ファンタジーも読めばSF、サスペンスな作品だって好んで読んでいた。
だからこそ、松島に自分の中で最も興味を惹かれているものを明確にされたのは新鮮な気分で合った。
「それじゃ次……青葉君。あなた、確か私の作品を読んでるって言ってたわよね?」
「え? まぁ、確かに」
「ハッキリしない答えね。まさか私の本……読まずに積んでるってことはないわよね?」
「いえ大丈夫ですちゃんと読んでます」
「なら、私の作品からどんなテーマを青葉君が読み取ったか、聞かせてもらうおうかしら」
「またテーマか……え~と、作品が伝えたいこと、だっけ?」
「そう。あなたは私の本を読んで、なにを受けったの?」
「……」
今度の質問はさっきよりも時間が掛かった。
ライトノベルを読んで、それで特別どんな風に思ったかなんて、これまで真剣に考えたこともなかった。ましてや作品のテーマなんてこれまでまるで深堀したことがない。
それでも、青葉は読後感に感じた作品の印象を思い出そうと、内容に関する記憶を手繰る。
……初めて、こいつの本を読んで、どんな風に読後感に浸ったか。
松島の作品――『加護塗れ転生』
【主人公は高校生の女子生徒。あまりにも清い魂を持つ主人公は、天界、冥界問わず、あらゆる神様から愛されていた。
生まれてからずっと、彼女は神様に見守られ、順風満帆な人生を謳歌する。
しかしそれに驕ることなく、彼女は他者を慈しむ心を忘れず、周囲の人々からも愛される存在だった。
しかし、どんな人間にも、負の感情を持つ者は存在した……人から愛される主人公に激しい嫉妬を抱く人物。それは主人公が友人だと思っていた同級生の女生徒だった。
ある日、普段は決して主人公から目を離さなかった神々が、偶然にもほんのわずかな間だけ、意識を逸らしてしまう。
その一瞬のタイミングで、悲劇が起こった。
主人公は友人だと思っている女生徒に道路へと突き飛ばされ、走ってきた車に轢かれて死亡してしまったのだ。
神たちは慌てふためき、急いで彼女の魂を別の世界に転生させた。
しかし主人公が転生した先は、凶暴な生物が闊歩する危険な世界だったのだ。
また彼女が死んでは今度は転生できない。しかし現世に自分達は直接介入もできない。そこで神たちは彼女にあらゆる加護の力を与えて、現地で生き抜いてもらう苦肉の策に出たのだ。
そこから、主人公は加護の力で過酷な環境を息抜き、現地の人たちと持ち前の性格で打ち解けていく。あらゆる窮地に立ちながらも、過剰なまでに施された神々の加護で乗り切って行く。
だが、彼女は自分が力を使って事件を解決しているなどとは気づかず、いつでも自分の周りにいる人々が自分を助けてくれているのだと勘違いしており……
周りとの意識の違いに笑いを誘い、しかし時にはその慈しみの精神でひとを癒す場面で尊みを覚える……】
それが、松島の書いた作品だ。
「その……正しいかどうかは分からないけど、俺は松島の作品から……人を信じる……って部分が強く印象に残ったかな」
「へぇ……そう思った根拠は?」
なにやら松島の視線が鋭くなった。妙な緊張感が青葉の心中をかき乱す。
松島は値踏みするように青葉を見つめていた。
それでも、青葉は恐る恐る口を開く。
「なんていうか……主人公って天然なように見えて、実際は人を信じたい……信じなきゃ、って思ってるように見えるんだよな」
なにせ、主人公は友人に裏切られた末に異世界へ転生することになるのである。
信じていた人間の裏の顔を見せつけられた主人公。最初は突然の異世界に飛ばされて右往左往していたが、物語が進むごとにやけに人を信じる描写が目に付くようになる。
最初は主人公が転生系主人公にあるようなご都合主義的鈍感脳なのかと思ったが、第一巻の最後で主人公をまたしても裏切ろうとする登場人物が現れるのだ。
しかし、彼女は最後までその人物を信じ続ける。それはほとんど妄執に近かったように青葉には思えた。
最終的に、その人物は主人公の想いに触れて改心し、最後は主人公一行を救うという流れになるのだが。
あとに続く続刊でも、やはり主人公のひとを盲目的に信じる描写がチラつくような気がした。
「だから、松島の作品はから感じたテーマは、『信じたい』って感じじゃないかと……思ったわけ、なんだけど……」
青葉の言葉が徐々に小さくなっていく。
松島は微動だにせず、青葉の感想に耳を傾けていた。
「そう……青葉君には私の作品にそういうテーマを見たのね」
「……間違ってたか?」
「いいえ。概ね正しいわ。確かに私は主人公に『人を信じ続けたい』という願望を抱かせてる」
「それじゃ」
正答を引き出せたことに青葉の表情が明るくなる。
が、松島は瞑目して息を吐くと、そのまま語り始める。
「でも、私がどう物語を描いたとしても、読者である青葉君がそう感じたんなら、それがあなたの受け取ったテーマということでいいんじゃないかしら」
「え?」
予想外の言葉に、青葉は面食らって思わず声を漏らしてしまった。
「そもそも作品から受け取るテーマって読者の数ほどあると思うもの。受け取り方は人それぞれよ。まぁ作者にとってのテーマは作品を作る上での骨子ではあるけどね」
「そんなもん、なのか?」
「そんなもんよ」」
そう言い切られては青葉も頷くしかない。しかしそう言われてしまえば、そもそも松島に問い掛けられなければ、青葉は作品のテーマを考えることすらしなかっただろう。
ただ面白かった――今まではそれだけで終わっていた。
松島は言う――「考えて作品を読む癖をつけるのは、自分の作品作りの役に立つ大事なことよ」と。
「さて、それじゃ話を戻すけど。あなたの好きな作品の傾向からすると、書いてみたいジャンルはラブコメに絞られてくるわね……それを踏まえた上でさっきの質問よ。あなたはどんなジャンルの小説を書いてみたいって思うのかしら? あ、もちろん『官能小説』もアリよ。とはいえ私、濡れ場は書いたことないからこれに関しての指導を期待されも困るのだけれど。じゃあ実体験を踏まえて書いてみようぜぐへへ、とか言い始めたら通報まっしぐらだからそこは弁えなさい成年マンガみたいな展開なんてこの世にないから」
「いや言わねぇし俺よりむしろお前の方がよっぽど……いや待て。お前、成年向けマンガとか読んだことあんのか?」
「……ノーコメント」
あるっぽいな~……
露骨に顔を逸らした松島。もしかしたら資料的な目的で目を通した可能性はあるものの、年頃の少女がそういった書物を読んでいるというのはどうなのだろうか。
いやむしろ今どきそれくらい普通なのか?
青葉は脳内で疑問を抱くも、この件を深堀すると蛇どころかヤマタノオロチを召喚してしまいそうなので話はここで終わらせることにした。
「でも、書きたいジャンルか……そうだなぁ……」
小説を書くにあたって、自分自身が小説に何を求めているのか。青葉は今一度考えてみる。
青葉にとって、小説とは自分の青春の代替品と言って差し支えないものであったはずだ。だとすれば、
「やっぱ、現実恋愛、ラブコメ、かな……」
「へぇ……」
と、松島は青葉の言葉を受けて、どこか感心したように声を漏らした。
「意外ね。あなたならこの前みたいに恥ずかしがって、バトルファンタジーとか、青春群像劇、とか言い出すかと思ったけど。普通に恋愛とかラブコメ書きたいとか言えちゃうのね」
「いや、まったく恥ずかしくないわけじゃないけど。やっぱり何が一番ってなると、現実的な世界のラブコメを書いてみたいなって正直に思ったんだよ」
「そう。でもいいんじゃないかしら。小説を書く際、まず羞恥心っていうのは色々と描写する上で邪魔になるわ。例えばバトル物で思いっ切り厨二病な台詞を言わせたりとかね」
「ああ~……それは確かに恥ずかしそうだな」
「でもあなたはその心配はなさそうね。臆面もなくラブコメ書きたいですっていえる人が、今さら歯の浮いたセリフを書くことに羞恥心なんて抱かないでしょうし。むしろ抱いてもらっちゃ困るんだけどね。そこは安心したわ」
意外な部分で褒められてちょっと体が痒くなる。
普段ひとに毒を吐く人間が相手を褒めると妙に胸にクルものがある。
これはあれだ。不良がいいことをするとやけに好感度が上がるアレと一緒である。
「さて、それじゃ作品のジャンルは決まったわけだし、次はさっき話したテーマを決めていきましょう。そこまで決まってから、本格的に執筆の指導をしていくから」
「わかった」
「よろしい。それじゃ今日はここまでね」
と、松島は席を立ってプライベート空間から出ていこうとする。いつものことだが言いたいことや伝えたいことだけ言ってそのままいなくなろうとするのは何なのか。
が、青葉は今回松島を呼び止めた。
「あ、ちょっと待ってくれ。伝えておきたいことがあるんだよ」
「何かしら? ちなみに愛の告白とかされても困るからそういうことならすぐにでも退散させてほしのだけど。まぁ私って可愛いし美人だから青葉君が惹かれるのも無理ないけど私はあなたに興味がないのごめんなさい」
「いやいきなり俺がフラれたみたいな空気出すのやめて……ってそうじゃなくて」
いつもの調子の松島に思わず突っ込んでしまったが、さすがに今回の話はちょっと真面目なものである。青葉の視線から何か感じ取ったのか、普段の茶化すような口を閉じて松島は聞きの姿勢になる。
「昨日、俺と松島が商店街にいたところ、クラスの奴に見られてたみたいなんだよ」
と、青葉がなんのけなしに口にすると。
「誰、それ?」
「え?」
途端、松島の声の調子が変わった。
「誰なの? そのクラスメイトっていうのは?」
松島の思わぬ迫力に、自身と泉の身の安全的にここで名前を出すのは少し躊躇ってしまったが、彼女の圧力が思いのほかキツい。まるで尋問してきているかのようだ。
太陽光を反射する眼鏡がなかなかに雰囲気を出している。
結局青葉は根負けして彼女に相手の名前を告げてしまう。
「……泉だよ。商店街にカラオケに来てた時、俺たちを見かけたって」
「ふ~ん……なるほどね。それで、青葉君はなんて答えたのかしら?」
眼鏡の奥に光る松島の眼光が僅かばかり鋭くなった。どことなく警戒心が見て取れる。
余計なことを喋ってないか、とその黒い瞳が問い掛けてきている。
「取り合えず俺の親戚ってことで誤魔化しておいた」
「私がいつあなたの親戚になったのかしら? 嘘を吐くにしてももう少し捻れなかったのかしら? というかそれで泉君は納得したのかしら?」
「いや、特に疑ったりはしてなかった。最初は俺の彼女って誤解されてたくらいだし」
「は? 誰が? 誰の?」
「いや俺が言ったわけじゃないんでそう睨まないでもらっていいすか?」
「何をどう間違えたら私とあなたがカップルに見えるというのいいところ女王様と下僕でしょ泉君は今すぐに眼科と脳外科へ搬送すべきよ」
……すまん泉、お前に色々と飛び火した、許せ。
青葉は心の中で唯一の親友に平謝りをした。
「まぁ泉の頭は今はいいとして、とりあえず親戚ってことで説明して納得してもらった。あとお前が松島だってことも気付かれてない。俺も喋ってないしな。あともし気付かれてたら今ごろお前はクラスの男子に囲まれてるよ」
「観察対象にすぎない男子にちやほやされても嬉しくないわ。というか泉君はあなたの雑な説明で納得したのね。やっぱり彼は天然ね。女子受けが良さそうだわ。恋愛対象になるかは別として」
「ちなみに松島的には?」
「なしよ。あるわけないでしょ。そもそも同学年の男子どころか恋愛にも興味はないわ」
「さいですか」
「安心した?」
「何をだよ?」
「この超絶美人がいまだにフリーなことに。よかったわね。あなたにもまだ十秒後に超新星爆発が起きて地球が吹っ飛ぶくらいの確率で私と付き合える可能性があるわよ」
……それ0%とどれだけの違いがあるってんだよ。
青葉はげんなりと肩を落とす。
要はこの作家様は誰ともお付き合いをする気はまったくないようである。
この地味な仮面を脱ぎ捨て、先日のスタイルで登校して来たら瞬く間にモテモテだろうに。
しかし彼女としてはそれを望んでなどいない。目立たず静かに。彼女にとって学校とは学びの場でも青春の一ページでもなく、ただただネタを探すためのフィールドでしかないのだ。
「まぁ惚れた腫れたの話なんてどうでもいいのだけど。それより泉君に見られたのは正直危なかったわね。いかに私の変装が完璧でも間近で見られたらバレてた可能性もあったわけだし。今後は外での活動は自粛すべきかしらね」
「かもな。どこで誰の目があるかも分からないし」
「そうね。それじゃこの話はおしまい……ああ、そうだった。青葉君」
松島は話を一区切りさせたと思ったら、不意にバッグを漁り始めて、クリアファイルに入った一枚のルーズリーフを取り出した。
「これ、小説を書く際の最低限のルールをまとめたものよ。危うく渡すのを忘れるところだったわ」
「え? これ、もしかして松島が自分で作ったのか?」
「ほとんど本からの引用で大した手間は掛かってないわ。なるべく短くはしてあるけどね」
ルーズリーフには『行頭は段落必須』、『三点リーダー【…】、ダッシュ【―】の使い方』、『頭痛が痛いなどの二重表現を避ける』など、本当に基礎的な部分が綺麗にまとめられている。
「それは本当に基礎中の基礎よ。行頭で段落を使うなんてのはそもそも小学生が学校で作文を書かされる時に習うことだし、そうでなくとも文章に間を持たせるときに使う『三点リーダー【…】』や『ダッシュ【―】』みたいな表現だって特に難しいことはないわ。取り合えずそれはあげるから帰ったらさっと目を通しておきなさい。あなたの作品、それすらできてない文章がいくつかあったわよ。気を付けることね。ネット小説は確かに自由な空間だけど、自由な表現なんてものは最低限の基礎ができている人間が使える技法よ。取り合えずはそれを見て、どこか分からない部分が出てきたら訊きに来なさい」
「あ、ああ。ありがと」
松島の意外な面倒見の良さに面食らいつつも、青葉は素直に礼を述べてクリアファイルをバックにしまった。
「さて、必要なものも渡したし、今度こそ本当に解散しましょうか」
最後にそれだけ言い残し、松島は青葉を残して机の隙間に身を滑り込ませる。
しかしそこで、青葉は再び彼女を呼び止める。
「なぁ松島」
「……今度はなに?」
ちょっと不機嫌そうな松島の視線に気圧されながら、青葉はふと思いついた疑問を口にする。
「女性同士の恋愛って、どう思う?」
「は?」
「いや参考までに」
青葉の脳裏には、昼休みの若林と、学食で泣いていた後輩の女生徒の姿が浮かんでいた。
なんとなく、小説家としての彼女が、同性恋愛についてどう思っているのかが気になった。
「観察対象としてなら興味はあるけど、それに巻き込まれるのは御免被るわ。私はいたってノーマルだから。仮に告白されても二つ返事でNOを突き付けてるわ」
「そっか」
「話はそれだけ?」
「ああ。呼び止めて悪かった」
「全くよ。私の時間は貴重なのよ。それじゃ、今度こそさようなら」
ぴしゃりと会話を打ち切って、コツンコツンと上履きの響かせて去っていく松島。
青葉は一人取り残された空間で、
「やっぱなしなんだな」
と、リアルにおける同性愛のマイノリティ具合を目の当たりにした。
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