第11話『最初の講義【テーマ】―1』

「こんにちは青葉君。宿題の方は順調かしら?」


 夕闇に彩られた放課後。


 俺と松島はラインで連絡を取り合い、彼女の学内プライベート空間に集まっていた。


「昨日作品を決めたところだからもう少し待ってくれ。明日にはちゃんと提出するから」

「そう……まぁいいわ。夕方のホームルームを一応の期限にしてあげる。ちゃんと書いてきてね。でないとあなたの赤っ恥をクラスメイト全員が知ることになるわよ。念ため言っておくけど単なる脅しじゃなくて本当に実行するから。私としてはあなたの評価がどれだけ落ちようと一向に構わないけれど嫌ならさっさと書き上げて提出することねたったの400文字よ」


 腕を組んで下から青葉を見上げてくる松島。相変わらず口の悪い。そして相変わらずの地味スタイルであった。昨日の美女がまるで幻だったのではと疑いたくなる。


「ちなみに文章が増える分には?」


 青葉とて腐っても物書きの端くれ。さすがに400文字くらいならすぐに書ける。しかし400文字に全部をまとめられるかが逆に怪かった。


「一応は許可するけど800文字程度に収めてくれるかしら。内容を要約するのも訓練の一つよ」

「わかった」

「あまり期待はしていないけど、精々頑張りないさい……さて、それじゃ今日の本題よ。あなたの作品をざっくりと読んでみた感想なのだけど……この際だからハッキリ言うわ――面白くなかった。もちろん、最後まで読んでみての感想よ」

「そうか……いや、ありがと」


 松島がこと小説に関して嘘を吐くとは思えなかった。つまり、本当に彼女はしっかりと青葉の作品を読み、その上で『面白くなかった』と評価したのだ。


 分かり切っていたことのはずだが、やはり心情的にはあまりよくない。


 とはいえ、これは青葉が初めてもらった『感想』だ。真摯に受け止める必要がある。


「お礼を言われることはしてないわ。さて、総評だけどあなたの作品に『文豪の卵』的な点数評価を与えるなら、ストーリー2点、文章1点よ」


 サイトではストーリー、文章に各5点ずつ、合計で10点満点の評価を読者が採点できるシステムになっている。


「ストーリー2点? てっきり1点かと思ってた」

「たしかにちぐはぐな印象は目に付いたけど、冒頭からの4話までなら先を期待できる構成になっていたし、決して全部がダメということもなかったわ。それでもあの文章じゃそもそも何を説明しているのかわからないしキャラクターの描写も不足してて書き分けもできてない。すっごいイメージが難しかったわ。あといきなり場面が切り変わってたのにそれが分かり辛いところもアウトよ。あとから、え? って何度もなったもの。もう少し読む側のことを考えて文章を書くって意識を持つべきね。あと、最後にひとつ」

「……ああうん。もうなんでも言ってくれ」


 普段の松島と比べればそれなりに言葉尻は柔らかいのだが、それでも青葉の心臓にはグサッっと何本もの剣が突き立てれていた。

 

 これでまだ手加減してくれているというのか。ならばこれから先は一体どれだけ批判の口撃力こうげきりょくが強化さいれていくというのか。今から戦慄するばかりである。


「特に一番あなたの作品を読んでてアウトだと思ったのは、物語の『テーマ』――作品が目指す方向性がまるで見えてこなかったことよ」

「『テーマ』?」

「そう。端的に言えば、あなたがあの作品で読者に何を伝えたかったのか、それがまるで分らなかったの。アレって一応は現実の恋愛ものよね?」

「そうだけど」


 さすがに思春期の男子高校生が現実恋愛のジャンル、ラブコメを書いているというのをクラスの女子に知られた気恥ずかしさは相当なものである。


 青葉は思わず松島から視線を逸らしてしまった。


「なに顔を背けているの? 別に男子高生がラブコメを書いてたからって私は何とも思ってないわよ童貞臭いとか理想を見過ぎとか女の子にどんな幻想を抱いてるんだコイツはとか一切思っていないから。ちゃんと私の目を見て話を聞きなさい」


 最後の言葉だけはしっかりと正論だった。しぶしぶ言われた通り視線を松島に固定する。


「現実的な恋愛にも色々とジャンルはあるけど、あなたのはどうにも定まらなかったわ。ギャグにしたいのかシリアスにしたいのかそもそも主人公たちがどんなゴールに向かって進んでいるのかもわからない。青葉君、一応聞くけど、『プロット』ってちゃんと書いたことある?」

「え~と『プロット』? って、なに?」

「……そこからなのね」

 松島は肩を落として呆れたように溜息を漏らす。

「いいわ。乗り掛かった舟よ。あなたの知識のなさは高校生的には普通の事だろうし目くじら立てるほどでもないわ。でも普通物書きの端くれならプロットくらいは知っててほしかったってのが本音だけれど」

「申し訳ございません」


 青葉は腰をほぼ直角に折り曲げてそこそこ本気で謝罪した。


 そういえば本当に自分はなんの知識も吸収しようとせずに物語を書いてたな、とここにきて自覚。さすがに今回ばかりは自分の落ち度が大きいと反省した。


「後ろ向きな思考にとらわれていても仕方ないわ。物事は基本的にポジティブに考えましょう。あなたがプロットの存在を知り、今からそれを『学べる』。私もあなたに知識があまりないことを知れた。お互いにまずはやるべきことが見えたのだと前向きに捉えればそこまで苛立ちも沸いてこないわ」


 あ、苛立ってはいたんすね、などと口にしようものならどれだけ皮肉を返されるやら。


 青葉は口に疑似チャックを想像してそれを閉める。口は災いの元。いらぬ災難を自ら呼び込むなどバカげている。


 それに、松島の思考ロジックに素直に感心したというのもある。


 できなかったことをただ『できなかった結果』としてだけ受け入れても成長はない。

 失敗は成功の母、という言葉は失敗から何かを学ぶ姿勢を見せてこそ成立するのだ。或いは、失敗するようなチャレンジに挑むことこそが成長と言えるのかもしれない。


「さて、ではまずプロットだけれど、これは簡単に言ってしまえば設計図よ。ちなみに小説に限らず、漫画、アニメーションにも広く使われているわ」


 松島の説明を端的に説明するならば、プロットとは物語を筋道立てて描いていくための設計図。物語の方向性を定め登場キャラクターたちが舞台上でどう動いていくのかを定めたもの。


「さすがにこれくらいは聞いたことがあるでしょうけど、どんな作品も基礎は起承転結で成り立っているわ。あるいは序破急ね。例えばだけど、今から青葉君が主演の駄作を描こうと思った時」

「おい待てなぜ俺主演の作品がいきなり駄作扱いなんだよ」

「特色のないモブを題材にした作品ほどつまらないものはないでしょ。最近はモブが成り上がる系の話もあるけど私から言わせれば全員モブ『もどき』よ。本当のモブは女の子と話しても「ああ、うん」で会話終了。恋が発展する前に全てを冷まして究極の事なかれ主義を貫くのよ。そして最後は大衆の陰に埋もれて見えなくなる。そんな人たちが一塊(ひとかたまり)になって有象無象肉団子のできあがり。それこそ真のモブよ」

「熱いモブ理論をありがとう」


 続けてちくしょうと言いたくなったがやめておく。自分でなんとなく彼女が示した言葉をそのまま実行できそうな気がしたからだ。


「話を戻すわ。あなたというモブを主演として物語を構成する際、まずは舞台とか青葉君自身、他の登場人物たちについて説明するターンが『起』。そして青葉君が殺されてしまいその事件を解決するために登場人物たちが動き回りながら物語を進めていく『承』」

「おおい俺主演なのにいきなり死んだぞ」

 

 もはや突っ込み待ったなしである。しかし松島は止まらない。

 

「そして青葉君を殺した犯人を推理するも犯人などおらず青葉君は勝手に転んで死んだのだという事実が判明する『転』。そして最後に青葉君のお墓に向かって登場人物たちが『紛らわしい真似しやがって』と罵詈雑言浴びせて解散めでたしめでたし、の『結』。これが起承転結の基本」

「俺はもうどこから突っ込んだらいいんでしょうねぇ」

 

 ボケが渋滞を起こしている。

 

「プロットでさっきみたいにざっくりとした物語の筋道を書いて、後から色々な描写を肉付けしていく。他にも、入れたい描写なんかをメモしておいてもいいわね。この場面を入れるためにはどう物語を展開していくべきなのかを考える材料になるし。意外と執筆のモチベーション維持にも繋がるのよ」


 もう完全に青葉のことを無視して説明を進めていく松島。さすがにもう彼も諦めた。


「でもプロットの書き方は人それぞれよ。事細かく書く人もいれば、かなり簡素に物語の軸だけを書いて細部は執筆しながらって人もいる。でも、プロットにおいて私が最も重要だと思うのは、最初にも言ったように作品の『テーマ』がちゃんと書かれていることよ」

「テーマ? さっきも言ってたけど、それって具体的には?」

「簡単に言うと、あなたが読者に作品を通して伝えたいメッセージ、ということになるわね。たとえばさっきの作品なら、青葉君が死んでそれを殺人事件だと思いこんで捜査したけど結局は事故でした思い込みって怖いわね、という私から読者に伝えたいメッセージ――『テーマ』が隠れているの。もっと短く一言でいうなら、作品テーマ、『思い込み』って感じね」


 ひどい例え方だがなんとなく松島の言いたいことは分かった気がした。それと必要な質問にはきちんと答えてくれるようだ。さすがに全てをガン無視はしないらしい。


「さて、それを踏まえた上でだけど、あなたが既存の作品で読者に伝えいたことはなにかしら? それが定まってるならその基礎の上に物語を組み立てていくのだけどれど?」


 言われ、青葉は答えに窮してしまう。それを敏感に察した松島が目を伏せてやれやれと首を左右に振った。そして、


「ごめんなさい」


 謝られてしまった。青葉的にはこの謝罪が今までの毒舌よりも心にぐさりとくる。


「もっと手ごろなところから話をしていきましょうか。たとえば、青葉君ってこういう話が書きたい、っていう具体的なジャンルはあるかしら? たとえば青春ラブコメ、ギャグコメディ、異世界ファンタジー、転生系、バトルもの、SF……あるいはミステリーとか、硬派に純文学とか。とにかくなんでもいいわ」

「ジャンル、か……」


 青葉はこれまで、特に深く考えずにラブコメやら異世界ファンタジーを執筆してきた。むろんweb小説の王道である転生系の話も手を出してみた。が、具体的にどのジャンルが一番書きたかったのかと訊かれると、意外と出てこない。


 なかなか答えを返さない青葉に、「じゃあ」と松島は切り出して質問の内容を変えてくる。


「あなたが今まで読んだ本の中で一番印象の強かった作品はどんなジャンルだったかしら? あるいは作品名でもいいわ」

「え~と、それなら……」


 青葉はこれまで読んできた無数のライトノベルやライト文芸の中から、特に印象に乗ってる作品を脳内で思い出そうと首を捻る。


 ちなみに、ここで純文学作品が一切の脳内の検索にひっかからないのはある意味普通の感性とも言えるか。


 まぁそれでも彼なりにこれまでに最も心惹かれた作品をあえて一つ挙げるとするなら……

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