第10話『割と普通にセーフ』
「う~す!」
「よう泉、今日も朝練か?」
松島と一緒に食事をしたその翌日。
昇降口で上履きに履き替えていると、青葉に泉から声が掛かった。
まだ部室の鍵は治っていないのかユニフォームのままである。
「あいかわらず青春をエンジョイしてるようでなによりだ」
「おうおうお前こそ相変わらず捻くれた物言いするなぁ。で、そんな青春否定派の青葉君」
「脳外科か精神科でも薦めてやろうか」
「なんでだよ!?」
「そりゃいきなり君付けとか意味不明な呼び方するからだろうが。あと俺は青春をディスっているわけじゃない。興味がないだけだ」
「それを世間では否定してるってことだと思うぞ。って、んなことはどうでもいいんだよ。青葉よぉ、お前もなかなか隅に置けねぇじゃねぇの」
「寄るな鬱陶しい」
泉が妙に馴れ馴れしく青葉に身を寄せてくる。
今回は制汗スプレーでしっかりと体臭をカバーしている。
とはいえ汚れたユニフォームで近付いてこられると制服が汚れる。青葉は泉の肩をぐっと押して距離を開けた。
「つれねぇなぁ。やっぱ彼女ができると男の友情なんてアウトオブ眼中になっちまうのかねぇ」
「は? 彼女? 誰に?」
「何って、お前だよ、お前」
「身に覚えがないんだが?」
「またまた惚けやがって。何だ隠してんのか? 俺ならあんな美人の彼女ができたら、まっさきに自慢したくなっけどなぁ」
「お前、さっきから何言って」
「昨日お前さ、駅前……ってか商店街で女の子と二人っきりだったじゃん」
「っ!?」
「お? その反応。他人の空似じゃなかったってことだよな?」
しまった。すっとぼければまだ隠し通せたというのに。青葉は自分の迂闊さに歯噛みした。
「部活終わりにダチと別クラスの女子連中混ぜてカラオケに行ってたんだけどよ、そんときに偶然な。いやぁ最初は人違いかと思ったけど、どう見てもお前だったから、さすがにビビったぜ。隣にめちゃくちゃ美人の女の子つれたんだもんよぉ。本当は声でも掛けようと思ったんだが、ツレの連中に引っ張られちまってな」
放課後に女子を伴ってのカラオケというリア充っぷりをまざまざと語って聞かせられる青葉だったが。
普段ならここで皮肉の一つでも返すところなのだがさすがにそんな余裕はなかった。
見られていた。
松島と二人でいる所を、よりにもよってクラスメイトに、しかも青葉が唯一友人と認識している泉にだ。
松島がライトノベル作家であるという話は二人だけの秘密。
その秘密を守るという約束で彼女から小説の指南を受けることになった。あとついでに青葉の学園生活もこの秘密が守られなければ危うくなる。
青葉は頭を必死に回してどう誤魔化そうか打開策を模索した。
「俺と彼女はそういうんじゃない」
「またまた隠すな隠すな。確かにあんな美人とのお付き合いだと気後れとか考えたりするのかもしれねぇけどよ」
「そういうんじゃねぇって。あ~、えっと……彼女は俺の親戚。昨日はたまたま町で顔を合わせたから一緒に夕飯を食べに行っただけだ」
事実半分嘘半分。
それっぽいことを口にして青葉はなんとか場をやり過ごそうとする。が、それでもまだ泉の顔は納得がいってない様子だ。
「いやぁでもなぁ」
「よく思い出してみろ泉。俺と彼女、仮に付き合ってたんだとして、お前には俺たちが仲睦まじく、手でも握ってお互いに笑みを見せ合いながら歩いてように見えたか?」
「あ? あ~……そう言われると……」
記憶を掘り返そうと「う~ん」と声を出して視線をわずかに上げる泉。
そして教室に着く前に、
「うん。イチャイチャしてるようには見えんかったな」
「だろ?」
悲しいかな。青葉はただ松島に連行されるがごとくオムライスの専門店に拉致されただけ。
手を繋ぐわけでもなく、ましてや最初に泉が口にしたように隣り合って歩いてたわけでもない。
松島がスタスタと前を歩いていただけに過ぎず、その雰囲気もけっして男女のお付き合いをしているようなゆるい空気では断じてなかった。
「はぁ~。なんだよ~。せっかくお前をからかえるネタ拾えたと思ったのによぉ。つまんねぇ」
「ご期待に沿えなくて悪いな」
「まぁ確かに青葉みたいなのにあんな美人な彼女のできたなんて正直信じられなかったどな」
「余計なお世話だ」
青葉自身、己の身のほどは弁えている。
あのレベルの女性とお付き合いができるなど、色々な意味で規格外な男でなければありえない。
見た目はもちろんだが、彼女は現役女子高生ライトノベル作家であり、すでに大人に紛れて自分で稼ぎを出している。いわば超人だ。
そしてあの性格。
彼女と男女の仲になれる相手は相当にハイスペックで鋼の精神or変態的なまでのドMでなければならない。
あの口撃(こうげき)は並みのメンタル持ちでは到底関係が長続きはしないだろうからな。
「でもよぉ、彼女ってお前の親戚なんだろ? 名前は?」
「は?」
「だから、な・ま・え」
「ああ~」
名前か。そういえばさっきから彼女彼女って誤魔化してたが確かにあれだけの美女なら名前くらい気になるというものか。
しかし本名もペンネームもどちらも答えられない。
「ま、」
「ま?」
「マツザキ、ソラ?」
「いやなんで疑問形なんだよ?」
今思いついたからに決まってんだろ、とはさすがに口に出していうことはできなかった。
マツザキはそのまま松島をもじり、ソラというのも彼女の名前である月から空というのを連想したからという安直なものだ。
「久しぶりに会ったからうろ覚えだったんだよ。正直最初は人違いかとも思ったし」
完全に嘘ではない。まさかあそこまで完璧にビフォーアフターを遂げる女子がいるなどと誰が思うというのか。
「え~? あんだけ可愛かったら俺なら絶対に忘れねぇし見間違えたりもしねぇけどなぁ」
その可愛い女の子は絶賛お前と同じクラスで日々影を演じているよ……
青葉は泉が美人やら可愛いやらを連呼する彼女の表の顔を思い浮かべ、なにがどう変わればあんな風に化けるのか不思議でならなかった。
しかし二つの顔をよく思い出してみると、眼鏡を取り出して掛けて見せたときは確かに松島だと認識できた。つまりは化粧であそこまで劇的に変貌したわけではなく、元からけっこう整った顔立ちをしていたということなのだろう。
むしろ、学園で地味なキャラを演じている時の方が、よほど暗い表情やらを意識して作り魅力を下げていると言ってもいい。
「なぁなぁ青葉く~ん」
「うえ……気持ち悪いしなを作ってんなよ。つかなんだ?」
「ソラさんってよ、今はフリー?」
「は?」
「だから、カレシとかいんのかってこと」
「いや、どうだろうな……?」
学園の松島ならまず間違いなく彼氏などいないと断言できる。
しかし昨日の松島であれば、外に男の一人や二人つくってても不思議じゃないように思える。
が、そう考えつつも、いやないな、と青葉は心の中で首を横に振った。
「多分、いないと思うぞ?」
彼女は現役女子高生ライトノベル作家。その私生活のほとんどを執筆に捧げているはず。
男女の付き合いをしている余裕があるようにはとても思えない。
「あいつ、あれでかなり忙しそうにしてるから、男作ってる暇ないと思うぞ」
「忙しいって? もしかして彼女、芸能関係の仕事でもしたり? モデルとか。あれだけ美人だったら普通にありそうだよなぁ」
「あぁ……まぁそんなところ」
「ちぇ~。お前の知り合いだってんなら紹介してもらおうと思ったのによ~」
「お生憎様だったな。それと忠告しておくが、あいつと付き合おうと思うのはやめておけ。色んな意味でめんどくさい女だぞ」
それは純粋な青葉から泉への忠告だった。
小説家で、私生活は執筆漬けで、おまけに性格もキツイ。
美人であることは確かに認めるところではあるが、アレは完全に観賞用で済ませるべき相手だ。
下手に触れようものなら火傷するしトゲが刺さりまくって血まみれになること請け合いだ。
青葉もすでにかなりギリギリの位置にいる。利害関係の一致による師弟関係。それ以上を望むのはマゾヒズムに塗れた自傷行為に等しい。
「それでもあんな美人な彼女なら、一度は付き合ってみてぇよなぁ」
泉の言葉に、青葉は否定も肯定もせず、
「そんなもんかねぇ」
と投げやりに返した。
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