第9話『書く理由』
「あなたって、なんで小説を書いてるの?」
「え? 書きたいから、かな」
「それだけ?」
わざわざこんな場所にまで呼び出してきた割に、松島の質問の内容は随分とあっさりとしたものだった。
そのどこか探るような……真っ直ぐな松島の視線。
眼鏡がないせいのなのか、その眼力は学園で松島の正体を知った時よりも強く感じられる。
「あまり肩筋張って答えなくていいわ。今の答えがあなたの本心ならそれでいいの。単なる興味本位の質問だから、それ以上を無理に答える必要もないわ」
彼女が何を期待して青葉に問いを投げ掛けてきたのかはわからない。
しかし青葉は頬を掻きながらも、松島の質問に答える。
「……え~と……ただ学校に通って、ただ勉強して、ただ友達と駄弁るってのが、とにかくつまんないって思ったから、かな」
どう話せばいいのか少しだけ悩みながら、結局は当たり障りのない内容を話し始めた。
中学に上がって、2年に進級してから起きたある出来事を切っ掛けに、一気に学校でしていることの全てが面白くなくなった。
なにをしていても無味無臭で、青い春は彼の心情が変化すると同時に様々な色までも奪っていった。
勉強も部活もただの惰性。やりたくてやっているのではなく、ただやらなければならないという周りの空気に同調しようと嫌々に手を付けた。実にくだらない。
それでも青葉の世界にたった一つだけ、かろうじて色彩を保っていた世界があった。
それこそ彼が唯一の趣味としていたライトノベルだったのだ。
学園でのドタバタラブコメ、異能バトル、異世界ファンタジー、ギャグコメディー、SFなどなど。
青葉は空想の世界に自己を投影し、物語に夢中になった。
そして、ふとした切っ掛けから『自分が思い描く理想の世界を生み出したい』という願望が沸き上がり、彼はペンを、今風に置き換えるならキーボードを手に取ったのだ。
「まぁ、逃避みたいなものだと思う。現実がつまらないから非現実な世界で自分の好きなように登場人物たちを動かして、まるでその世界に入り込んだみたいな感覚を味わいたいって」
青葉の話に松島は横槍を入れることは一切せず、ただ黙って耳を傾けている。
「ざっくり言うと、俺が小説を書きたい理由はこんな感じ。お気に召していただけましたか、【月ライト】先生」
「そ。まぁ多かれ少なかれ物書きなんて人種は大抵が妄想癖持ちみたいなものよ。あなたのように現実をキッパリと毛嫌いしてその結果小説の世界に飛び込むというのもありがちな話じゃないかしら。まぁ別にアンケートなんてしたわけじゃないから私の独断なんだけどね」
「なのに堂々と他の作者まで妄想癖持ちと決めつけるのか松島は。お前すげぇ偏見持ちだな」
「知ってるわ。でも間違ってもいないと私は思ってる。エッセイやハウツー本を書いているんじゃない限り、どこまでいってもそれは作者の空想よ。それを私たちはありがたがって読んでるんじゃない」
「松島は自分自身をそう思うのか? やっぱり妄想癖が自分にもあるって」
「むろんよ。特に私は睡眠時間以外の大半は頭の中で作品の展開を妄想し続けていると言っても過言じゃないわ。今はあなたを相手にしてるから意識は現実にいるけどね。ちなみに可能な限り授業中でも私は妄想の世界にトリップしてるわよ。ちなみに学年成績10位以内」
「それ聞いても俺は理不尽しか感じないわ」
「多彩な人間はなにをやらせてもそれなり以上の成果を出してしまうものよ。能力的なものに差があるのは当たり前。人間皆平等なんて口にするような輩は単なる脳カラか、あるいは生粋の性悪だけよ」
「いやなんの話だよ」
「ただ私としてはあなたの動機が聞けて良かったわ」
「無視かおい」
「確かにあなたの動機はどこまでも消極的で逃げの姿勢だけれど、私は別にそれを否定しないし、自分の置かれた状況に対して流されるだけじゃなくこの分野でなら変われるかもしれないって一歩を踏み出して前進した姿勢は褒めてあげる」
松島の不意の言葉に青葉は目を丸くした。
「何よその目は。私がなんでもかんでも罵倒すると思ったら大間違いよ。マゾ気質なあなたにはもしかしたら物足りなかったのかしら。なら今の言葉は取り消して今すぐに罵ってあげるわ」
「いえ大丈夫ですさっきの調子でお願いしますありがとうございました」
「なら最初から素直に受け取りなさい」
いや無理だろ、と青葉は突っ込みたくなった。
「自分からなにか新しいことに挑戦してみようって思える心意気は貴重よ。今後小説を書いていくうえで、今までの自分じゃ書いたことのないジャンルに挑んでみようって試みはプロにも必要になってくる要素よ。世の中の変遷に後れを取らないためにも新しいことに挑み続ける勇気は常に持つべきね」
「それも松島の独断的な意見?」
「いいえ。【月ライト】というプロの作家としての意見」
よどみなく言い切られた言葉に青葉は面食らう。彼女は本気で自分にプロの世界への道筋を示そうとしているのだと事ここに及んで実感したからだ。
「最初にも言ったけど、私が教える限りあなたにはプロの作家を目指してもらうわ。webっていう舞台だけで完結するアマチュア作家じゃなくてね」
「それ本気だったのか」
「当たり前でしょ。私個人が教えるのだもの。それなりの成果じゃなくてハッキリと誰が見ても大成功と呼べる成果を上げるわよ。そもそも今どき書店やインターネットをググり続けていればある程度は書けるようになるのよ。そうではなくプロが教えるのだからあなたの目標は私と同じ土俵まで上がってくる以外にありえないわ。無論あなたの書いた本との人気取りで負ける気は一切ないけれど」
松島はタブPCを取り出し、青葉の前にすっとその画面を見せつけてきた。
「さしづめ夏休みまでにweb小説に関する基礎と文章の基礎を履修してもらって、今年中には『文豪の卵』総合日間ランキングで『1位』でも取ってもらおうかしら」
「はっ!? あと半年でランキング入り!?」
しかも1位とは。
無茶ぶりも甚だしい。荒唐無稽。そう一蹴されてもおかくないことを松島は本気で口にしているのだ。
「そうよ。うまくすれば来年の今頃はプロの作家になれているはずよ。ただしプロになるってことは色々と面倒なこともあるの。それに関しては別の機会にね」
「いやいや待て待て。俺の作品見たんだろ? アクセス数すらまともに伸びないブックマーク0の底辺作家だぞ!?」
「だから何だって言うの? いい? 評価というのはweb作品の傾向の把握、文章の書き方、あとはちょっとしたテクニックを駆使すればある程度は自然と取れるものなの。逆によくこれまで1ポイントも数字が取れなかったとむしろ感心するレベルだわ」
松島は心底呆れたと言わんばかりに目を細めて溜息を漏らす。
しかしいかにこの人気作家でもいきなり青葉をweb小説の世界で人気作家へと引っ張り上げることなどできるのか。疑念が嫌でも湧いてくる。
しかし、ここまで自信満々に言われてしまうと、もしかすると、という期待も抱いてしまう。
「今は新作を発売したばかりだから多少なら時間の都合も付けられるわ。時は金なり。少しでも早く目標を達成するためには1秒も無駄にはできない。青葉君、とりあえず宿題を出すから今日から実践しなさい」
「え? いきなり?」
唐突に課題をやれと一方的に指示してくる松島。
しかしここで抗議の声を上げようと彼女が取り合うはずもない。
「あなたのおススメする最近のラノベに関する読書感想文を書いてきなさい」
「読書、感想文?」
「そうよ」
「なんで?」
「面白い作品には理由がある。それを客観視する訓練に読書感想文は最適よ。ただしあらすじだけを書いてくるとかいう真似をしたらあなたが学園でした失敗の一個くらいは周りに暴露するから心して掛かりなさい」
「は? 失敗? いきなりなに言って」
「今年の4月。この時期に雪が降った異常気象の日。放課後の駐輪場でニヒルを気取って――」
「ごめんさいよくわかりましたというかなんで知ってんの!?」
モブとしての青葉にはなんの興味もないから観察対象にはならなかったというあの言葉はいったいなんだったのか。
「日々色んな人を観察してると色々と面白いネタが拾える、とだけ言っておくわ。そんなことより、読書感想文とは言ったけど要するにレビューよ。私も思わず『これ読んでみたい』、って思わせる内容を期待してるわ。取り合えず期限は今日を含めて2日以内。それを過ぎてもあなたの秘密は暴露するからそのつもりで」
「お、鬼……」
「さ、今日はここまでにしましょう。宿題、ちゃんとやってきてね。ああ、それと次回の講義で渡す物があるから。それじゃ、また明日ね、青葉君」
それだけ言い残すと、松島は黒の長髪を美しく靡かせて颯爽と店を後にした。他の客たち松島のことを目で追ってしまっている。
ポツンといきなり取り残された青葉は、テーブル席でしばらく呆然としたのち、
「帰ってラノベ読み返そう……」
小さく呟いてどの作品の感想分、もといレビューを書くか選別しながら帰路についた。
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