第4話『契約関係成立?』

「なぁ松島……いや――【月ライト】先生」

「うん? 改まってどうしたのかしら? あ、もしかして私の言葉に感銘を受けて自分から学園を去る決意でも固めてくれたのかしらありがとうあなたのことは3年生に進級する程度までは覚えておくことにするわ面倒だけど」

 

 などと、相変わらずの息づきなしに捲る松島の発言を無視し、青葉は――

 

「俺に……小説の書き方を教えてくれないか?」

 

 そう、彼女に申し込んだ。

 

「はい? あなたは急になにを言ってるの? 頭は正常に機能してるのかしら? それともどこか焼き切れておしゃかにでもなったのかしら? 斜め四五度で叩けば治るのかしら?」


 会話としての繋がりを完全に無視した青葉の発言に、松島は瞳を細めていかにも不愉快といった風を隠すことなく眉を寄せる。


「いやいやいや」

「じゃあ何? 悪いけど私は脳神経外科についてのことは調べてないのだけど」

「真面目な話。さっきお前は、秘密を守ってほしければ何か言うことを聞け、って言ったけど……そうだな。俺、この瞬間は外道になるわ。お前の秘密を黙っててやるから、俺に小説の書き方を教えてください」

 

 青葉は松島に頭を下げる。それを見て、彼女は何を思ったのか。

 眉間に皺を寄せ、不機嫌を隠すことなく腕を組んだ。

 

「……命令してるのかお願いしてるのかわからない文脈ね」

「俺を信用できないのって、たとえば俺にお前の秘密を黙ってるメリットがないからだろ?」


 そう。青葉が自分の秘密を守るかどうか……そこを信じられないのは、お互いに『信用に足るの担保』がないことがそもそも問題なのだ。


「だったら、お前に求めるモノがある時点で、俺はお前の秘密を守るメリットが生まれる。お前は俺が求めるモノを与えて秘密を守らせる。利害的な一致があれば、とりあえずは完全に信用できなくても、一応の納得はできないか?」

 

 かなり無理やりなこじつけだ。青葉もそれは理解できている。

 それでも、今はこう言う以外に二人の利になるモノはないと強引に話を進める。

 

「それ、私の負担がバカみたいに大きい気がするんだけど……というかそんなことをするくらいならあなたを学園から追い出す方が面倒も少ないし手っ取り早いわ」

「……更に脅迫するけど、俺、お前のツイッターも、web小説のサイトURLも知ってるから、お前に攻撃されたって事実とか、他にも色々と公開できちゃったりするけど?」


 真実の真偽はともかくここまで有名な彼女のことだ。攻撃できる大義名分ができた瞬間のアンチたちがどれだけ厄介かはさすがに知っているはずだろう。


「………………ド腐れ鬼畜ド低能変質ド変態強姦魔……」

「かちもりに最低な称号ありがとうございます。つうか最後の奴は誤解されるからやめろ。俺はお前とにゃほにゃほするつもりは毛頭ない」

「にゃほにゃほとか非常にオッサン臭いわね。でも間違っていないわ。あなたは立派な強姦魔よ。人の不可侵領域に入り込んで来たんだからそれは立派な性犯罪者ね」


 ……その理屈でいくと世の泥棒は全員窃盗罪に強姦罪がオプション適用されることになるんだが。


 青葉はもう面倒臭いと突っ込むのをやめていた。


「……で、どうする? 俺としては、何事も穏便に済ませる方がより効率的だと思うわけなんだけど?」


 青葉はじっと松島に視線を合わせ、逸らすことなく見据える。


 だが、実際問題として、青葉としてはこの提案が受け入れられようが断られようが、正直どちらでも問題はなかった。

 

 もし断られたその時は、

『交渉決裂、今回はご縁がなかったということで、それじゃ』

 と、適当に流してこの場を去るつもりである。


 いい加減、彼女の強烈すぎるキャラクターについていくのが面倒になった、というのが正直な部分でもあった。


 ……もしかして世の作家は皆してこんな奇人変人の集まりなのか? ここまで突き詰めないと作家として大成しないのか?


 などと本気で青葉は思っていた。

 そもそも彼女の(今日初めて知った)性格からすると、こちらの提案を受け入れることはまずないだろう。しかも彼女は今人気絶頂の売れっ子作家である。


 人様の小説指南をしている余裕はないと思われる。

 学生との兼業で執筆しているなら、尚更。


 青葉は内心ではさっさと断ってくれ、と思いつつ、その瞳は真っ直ぐに、真剣な色を偽って松島へと注ぎ続けた。


 そして、


「………………………………………………………………………………………………いいわ」


 ものすっごい長考であった。


 しかし、この返答に青葉は面食らうことになってしまう。


 にべもなくきっぱりと断られると思っていたのに、彼女から返ってきた答えは、まさかまさかの「OK」だったのだから。


「なにその顔? 人が断腸の思いであなたの脅迫を聞き入れてこの身を差し出すことを了承したのに、なにか不満でもあるのかしら?」

「いや言い方……って、それよりも本当にいいのか? 自分で言っておいてなんだけど、お前って売れっ子だろ? プライベートは執筆で忙しんじゃないのか?」

 

 当然の疑問を投げかけると、またしても松島の息づきなしのマシンガントークが炸裂する。

 

「愚問ね。そんなものはもちろん忙しいに決まっているでしょ。私は学園以外のほとんどはキーボードが恋人なのよ。食事、花摘み、お風呂、睡眠以外はほぼ毎日タイプしているわ。小説家ってね、あなたが思うよりもタイトなスケジュールで動いてるの。特にある程度売れた場合は常に書き続けて次を提出しなきゃならないわ。学生が授業で四百字詰めの作文を一枚提出するのとはわけが違う。私の場合は少なくとも原稿用紙で130枚以上は毎度必ず提出しているわ。文字数に直すと12万~15万字……それをだいたい3カ月に1回くらいのペース。単純に90日で割り算をしても1日で1300百~1700百字は書いてる計算よ。でも不調の時はこれが遅れる場合もあるわ。それを取り返すために1日で数万文字書いたことも一度や二度じゃないの。私は古株たちと比べたらまだまだペーペー。原稿を落として出版社に迷惑をかけるわけにはいかない。いえベテランだから掛けてもいいわけじゃないけど。要するに常日頃から頭の中は原稿のことでいっぱい。どう、作家の苦労が少しでも伝わったかしら? まぁあなたには一生縁のない世界かもしれないけどね」

 

 これまでの最長記録を更新した。

 しかし青葉はそれよりも彼女の発言の矛盾に首を傾げた。


「……なら、なんで余計に俺の提案を受けれるんだよ?」


 松島は少しだけ押し黙ると、少しだけを青葉から逸らし、


「小説の書き方を教えてくれってことは、あなたも大なり小なり物書きに興味があるってことでしょ。どんな作品をあなたが書くのかは知らないけど、本好きとしては同世代の男の子がどんな世界を想像するのか若干の興味があるわ。だから付き合ってあげる。面倒だとはおもうけど、この際だからこの特殊なシチュエーションを取材することにするわ。何かのネタくらいにはなるかもしれないしね」


 彼女は青葉に協力するスタンスを、とことんまで作家として貫くつもりらしい。


 そのストイックさに、青葉は感心すると同時に、そこまでして学生のうちから物書きとしてプロの世界へと身を投じている松島にほんの少しの恐怖も抱いた。


 自分とは違う、大人たちに交じって人気という椅子取りゲームで勝利を掴んだ彼女。


 そんな彼女から教えを乞える。

 本音を言えばこれ以上彼女に関わると面倒なことになりそうな予感はしていた。


 しかしそれよりも、青葉は思いもよらぬところから舞い込んできた千載一遇のチャンスに、胸を躍らせてしまったのだ。

 

 ずっと読まれないまま、日陰を歩いてきた自分の作品たち。


 それが、人気作家からの教授により陽の光を浴びるかもしれないのだ。


 今までにない世界が見られるかもしれないという期待は、松島ならずとも青葉にもあった。


「じゃあ、口止め料として、【月ライト】先生から小説家指導をしてもらえるってことで、いいんだな?」

「そうね。それでいいわ。でも、漠然と教えるんじゃ私もつまらないわ。何か目標があってこそ教える方も教わる方もモチベーションは上がるってものでしょ」


 確かに。

 目標の見えない努力ほどしてて面白くないものもない。


「そうね。それじゃざっとした目標として……」

「目標として?」

「プロの作家になる事でも目指してみましょうか」

「へ?」


 唐突に告げられたweb小説作家としての最大目標がゴールに設定されたことに、青葉は間抜けな顔で返事をしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る