第2話『変わらぬ日常?』

 宮木県川台市みやきけんせんだいし


 東北の中では最も人口が多く、中心地は常に開発が進み、より先進的な街づくりが今でも盛んな準都会といった印象だ。

 数年前に大きな震災を経験した県としても有名であり、その爪痕は沿岸沿いにいまだ色濃く残っている。


 閲覧者3人という現実に打ちのめされた翌日。


 青葉は自宅であるマンションから出ると、駐輪場に停めておいた自転車にまたがって学園へと向かう。


 彼の住む和泉中央いずみちゅうおうは川台市の中でも比較的大きな発展を遂げた街である。

 区役所から大型商業施設に、本格的なサッカースタジアム、川台の中心地へと向けて走る地下鉄南北線の存在に、駅はバスターミナルも併設されていることから、交通の便は割といい。


 あえて苦言を呈する部分があるとするとならば、関東などの都心部に比べてかなり公共交通の料金が高いことだろうか。


 青葉の住むマンションから地下鉄和泉中央駅は徒歩で約10分程度とかなり近い。


 マンションの前に広がる飲み屋街の向こうには駅ビルが見えている。

 青葉は朝の通勤通学で駅を利用する人達を視界の端に捉えながら、彼らとは別の方角に進路を取る。


 自宅からおよそ20分前後。

 登校途中にある坂を上り切ると、『私立三鷹学園』が見えてきた。

 駐輪場に自転車を止め、チェーンを掛けて鍵をロック。学園指定のバックを肩に担ぎ、古臭い自販機の前を通り過ぎて青葉は昇降口に入った。


「うす、青葉!」


 上履きに履き替えていた青葉の背後から聞き慣れた男の声が届いた。


「よう泉。朝練か?」

「おうよ」


 振り返った先にいたのは、青葉よりも身長が高くガタイのいい男子生徒。


泉大地いずみだいち】。


 短く刈り揃えられた短髪に健康的に日焼けした肌、顔立ちは決してイケメンではないが人懐こそうな笑みはその体格に反してとっつきやすい印象を与える。


 泉は野球部所属で今はユニフォームに身を包んでいた。所々に汗のシミや土で汚れたと思われる茶色い跡が残っている。


 クラスであまり他者と深く関わりを持たない青葉だが、彼は唯一遠慮なしで口を開く友人だ。

 泉とは中学二年生に進級した時に知り合い、進学した先で知り合いが少なかったことからそのままずるずると付き合っているような感じ。


 しかしこの泉。進学する前からかなり広い交友関係を築いており、知り合いが少ない今の学園に進学したにも関わらず、現在は学年を問わず後輩や先輩にも知り合いが多い。

 クラスでも泉はどこかしらのグループに引っ張られていく光景は珍しくない。


 そんな彼だが、まだ彼女の影が見えない。とはいえそれも時間の問題だろう。泉のことが気になっているという女子はそこそこ多く、青葉も何人か目にしたことがある。


「汗臭いからあんま近付いてくんな」

「青春の汗を臭いとかいうんじゃねぇよ帰宅部。つかお前も一緒に野球部入ればよかったのに」

「生憎と俺は根っからのインドアなんだよ。そういういかにもな青春は鑑賞するだけで満足だ」

「もったいねぇなぁ。お前、運動神経そんな悪くねぇんだから、今からでもちゃん練習にさえ参加すりゃすぐにレギュラーになれると思うんだがなぁ……」


 上履きに履き替えた青葉は、泉と隣り合って教室へと向かう。


 青葉たちの教室があるのは校舎の3階である。ここ三鷹学園は、学年が上になればなるほど、教室の階が下になっていくようになっている。昨年はもう1階分階段を上がっていたと思うと、ちょっとだけ優越感を覚える。


「あれ? そういえばお前、制服は?」

朝練でユニフォーム姿なのは理解できるが、野球部にはちゃんと更衣室があったはずである。


 しかし今の泉は体操服姿。

 手には他に何も持っているようには見えない。



「実は部室棟にある更衣室の鍵がぶっ壊れちまったみたいでなぁ。鍵穴通しても全然あかねぇんだよ。窓は帰る時に施錠しちまうから入れねぇし。だから教室で着替えてきたんだよ」


「なるほど」


 それでは確かに着替えは無理だ。まさかガラスを叩き割って更衣室に入るわけにいかないだろう。


「マジで早いとこ直してほしいぜ。今から教室いったら絶対に誰かいるだろ」

「だな。まさか女子の前でパンイチにもなれんし……てことは、トイレか?」

「しかねぇだろうなぁ……最悪」

「ご愁傷様。床にだけは絶対に落とすなよ」

「分かってるよ」


 他愛もない日常会話を交わしながら、2人は教室へと続く階段をゆっくりと上っていく。途中、泉はすれ違う生徒の何人かと挨拶を交わす。青葉は全く顔が分からず、ただ横目に見送るだけ。


「お前ってほんと友達多いよな」

「そうか? ……まぁけっこういろんな奴に声を掛けてる、ってのはあるかもな」

「その調子で、次は彼女も大量生産してく腹積もりか?」

「いやお前は俺をなんだと思ってんだよ」


 ふざけたやりとりをしながら、最後の踊り場に足を掛けた時だ。


 見上げた先に、一人の少女の姿があった。


 染めた形跡など皆無な天然の黒髪おさげ、階段下から見上げているというのに、一部の隙もない膝丈下までのプリーツスカート。

 絶対領域など皆無。学校指定の鞄を手に下げ、肩にはクリーム色のトートバックを掛けている。


 まるで時代を間違えてきたのかと思うほど少女の出で立ちは令和という時代を生きているようには見えず、それどころか昭和のニオイすら漂わせている。

 とても存在が希薄で、注視していなければそのまま他の生徒の影に隠れて見えなくっていてもおかしないほどに地味な見た目の少女。 


 しかし青葉は少女の後ろ姿にどことなく見覚えがあった。

 だというのに、なぜかハッキリと思い出せない。


「――でよ、青葉」

「え?」


 泉の声に青葉は少女に引き寄せられていた意識を引き戻された。


「どうした? 誰か知り合いでもいたのか?」

「ああ……いや……」


 再び階段の上の方へ視線を戻してみるも、既に少女の姿はなかった。


「今どき、ちょっと珍しいくらいに昭和な感じの女子がいたから、ちょっと気になっただけ」

「おいおいもう時代は令和だぞ。平成ぶっ飛んで昭和てお前」

「いやマジで」

「ふ~ん……まぁ地味系の恰好した女子なんて別に珍しくもねぇけど、お前が誰かに興味を持つのってけっこう珍しいよな」

「そうか?」

「そうだよ。基本的にお前って他人に対してドライじゃん」

「まぁそこは自覚してる」

「彼女できねぇぞ」

「お前にもいないだろうが。てか余計なお世話だ」

「まぁでもいい傾向かもな。もしもその女子を青葉が気になるってんなら、お近づきになれるように俺が協力してやってもいいぜ」

「なんで上から目線なんだよ……だいたい俺のタイプは同学年じゃなくて包容力のあるお姉さんタイプだから。クラスメイト、ひいては同学年や後輩どもは対象外だ」


 青葉たちより先に階段を上に上がって行ったところを見るに、彼女が上級生ということはまずないだろう。


「お前の趣味も相変わらずだなぁ……まぁでも、もしも本当にアプローチするつもりなら声かけろよ」

「まずありえないがその時は頼らせてもらう」

「おうよ」


 在学中に彼女ができるなんて青葉はまるで想像もできなかったし、そもそも興味関心も薄かったのだが……


 それでも、自分が唯一とする友人との会話から意識を引っ張られるほどに、なぜ彼女に一時的にでも視線が引き寄せられてしまったのか、青葉は内心で首を傾げていた。


 しかし、青葉は結局その後、教室に入るなり彼女のことなど忘れていた。

 いつものように、面白味もない授業を受け、昼には一人孤独に学食で飯を食う。


 そんな、いつものタスクを青葉はつつがなくこなしていった――




 だがしかし……


 まさかこの日の放課後……朝に会った件の少女と図書館で再会した挙句……

 彼女の衝撃的な正体まで知ることになろうとは……


 この時の青葉はまるで想像すらもしていなかった――

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