最弱の巫女2

 ふたりはしばらく公園の風景をただ眺めていた。

 97人もの国民が人質になっているとは思えないほど、そこは平和だった。


 日本人は災害慣れしているとよく言われる。震度4程度の地震では避難行動を取ることもなく普段の生活が続く。国内のどこかで土砂崩れや噴火が起きようと、いつの間にか復旧してしまう。それが日本人の日常だ。


 それと同じように魔人に対してもいつの間にか耐性がついてしまった。どのような大量破壊兵器よりも、どのような自然災害よりも恐ろしい魔界の住人に対して『ただの人』という感想を持つ人は意外と多かった。


 なぜなら将軍が必ずなんとかしてしまうのだから。

 一般人は被害を受けることもなく、ただニュースの中だけで魔人を知る。しばらくすると将軍が魔人案件を解決したと速報が流れる。それで終わりだ。

 なので今回の件でも世間一般の反応は淡泊だった。激しい対応を求めていたのは政財界だけなのだろう。


 やがて面高は周囲を見渡し、人影が少なくなったのを確認する。そしてそのまま、ニナの腰に腕を回した。

「えっ!?」

 少女は瞬間的に身体をこわばらせた。


 太陽の巫女の生活の場は男子禁制だったという。その前段階である太陽の乙女も同様だ。つまりニナは異性への耐性がゼロに等しい。家族以外の男に身体を触られるのは非常に稀だったのだろう。

「——何だ? 待ってくれ。乙女の身体に許可なく触れてはいけないんだぞ?」

 少女は肩掛けの中で両腋をきつく締め、少年の顔を恐る恐る見上げていた。


「……これからやることには何の意味もないから」

 それはどんな意味かと少女から問われる前に。

 面高は片腕でニナの腰をがっちりと固定し、そのまま少女を小脇に抱えて立ち上がった。


「わ! わ!?」

 悲鳴を上げる少女とは対照的に、少年は荷物でも手にしている気分で立つ。

 肩掛けの上からニナの両腕をがっちりと抱え込んでいる。手を封じた形だ。そのため少女には身をよじり、足をばたつかせるしか反撃の手段がない。

「——こら! 離せ! 子供扱いするな! 私は荷物じゃないぞ!」

 繊細な銀髪が激しく揺れる。


「…………」

 少年はしばらく少女のハイトーンボイスを聞き流し、やがて小柄な身体を下ろした。


 ニナは自由の身になると反射的に距離をとり、太陽棍を突きつけながら面高を睨んできた。その桃色の目にはうっすら涙がにじんでいる。

「なんて奴だ! お前がこんなことをする奴だとは思わなかったぞ!」

 少女は声も荒く面高を難詰してきた。少年はあえて何事もなかったかのように淡々と答える。


「最初に言ったじゃん、別に意味とかないって」

「お前は何を言っているんだ! 私がどんなに怖い思いをしたと思ってるんだ!」


「別にニナに敵意とかないよ。このまま将軍庁まで連れ去っていこうとか、何かエロいことしようとか、全然思ってなかったから」

「…………!」

 少女は複雑な表情を浮かべながら、声を出せないでいる。己に何の価値も無いと言われたようで悔しかったのだろうか。


「でさ、やっぱり説明してもわかってもらえないだろ?」

「……何がだ?」

 少女の敵対心はやや下がっていた。


「いくら敵意は無いって説明しても、やっぱいきなり何かされたら誰だって怖いんだよ。それは他のみんなも同じだよ。いきなり100人も自由を奪われて精神支配を受けたらさ、やめろ、人質を返せ、って思うんだよみんな」

「日輪卿の行いは治療だ。お前がやったのはただの破廉恥はれんち行為だ」

 少女の機嫌はまだ治らない。


「こういうときって相手が何を思って行動したのかってのと関係なく『とりあえず何かやられたから』って反射的に怖がるんだよ。その怖がりが少しずつ世間に広まっていって、国もその意見を無視できなくなったら、いつかおれに攻撃命令が出るんだよ」

「人命よりも感情論……私には理解できない考えだ」


 ニナは閉じられた肩掛けの中に太陽棍と両腕を収めてしまった。インカ帝国式の肩掛けは胸元を銀のピンで留める形式だ。なので意図的に閉じようとしない限り“Λラムダ”型に前が開く。それがぴったりと完全に閉じられたのは拒絶の意思だと面高に伝わった。

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