ストラテジーシミュレーションゲーム——リアルにすればいいってもんじゃない2
「お役所事情は現代でも変わっていないようだね」
安養院係長の様子を見て察したのか、艦長は肩を優しく叩いてきた。
「お恥ずかしい限りで」
「ところで……あのお若い将軍は何歳だったかな?」
「17です」
「若いな。それならば経験不足ゆえに失敗することもあるだろう。そうなったらどうするのかね?」
「そしたらぼくの出番なんですが、正直出番がない方がいいと思っています」
艦長の眼力が増した。
「臆病風に吹かれた……ようには見えないな。何か理由でも?」
「恥ずかしながら、身体にガタが来てしまいましてね」
安養院係長は自嘲気味に笑うものの、艦長は笑わない。
「あなたはおいくつだったかな? あまり年が行っているようにも見えないが」
「もうすぐ32になります」
骸骨は下顎をさすった。
「ふむ、何か込み入った事情がありそうだな……お聞きしてもよろしいかな?」
「少し長くて、情けない話でよければ」
「軍人が身体を壊すのは恥ではないよ」
安養院係長はうつむきながらはにかんだ。それから気を取り直して話し始める。
「将軍庁および天威大将軍に関する特別措置法——いわゆる将軍庁特措法では『魔界の果実カムヅミ』によって力を授かった者の中から将軍を選ぶと定義しています。ぼくが初代で、面高くんが二代目。ですが本来、彼は闘っちゃいけない立場なんです」
「確かあの少年がカムヅミとやらを生み出していると聞いたが」
「ええ、彼を戦いで失ったらカムヅミの果実は収穫できない。なので彼は絶対安全な場所で果実の収穫だけをするのが、最も効率的な運用法です。そして戦うべきはいくらでも代えが効く将軍候補——これが本来想定された将軍庁の運営方針だったんですが……」
艦長はうなずいた。
「まあそうだろうな。備蓄燃料を敵前に晒す馬鹿はいない。しかし30のあなたが身体を壊してしまうほど、戦いは過酷だったと?」
「過酷というよりも……」
安養院係長は肩や首を手でほぐした。
「——適応しきれなかった、というのが正しいんでしょうね。別世界とも言える魔界の力をこの身に宿すってのは、なんといいますか……非常にキツいものがあります。たしかにカムヅミを食べれば人類の上位種とも互角以上に戦えるんですが、その反動が神経や関節に、いろいろと」
艦長は床に転がる艦載機に目を落とした。
「ああ、飛行機乗りからも似たようなことを聞いたことがある。急激な加速度で内臓や血管までもが圧し潰されそうだと」
「ええ。それで身体を壊したぼくに代わり、特例措置でまだ未成年の彼が二代目将軍に就任。で、問題は彼の後を受け継ぐべき三代目なんですが……」
安養院係長は乾いた笑いを漏らした。艦長はそれを見てため息をつく。
「言わずとも察しはつく。その様子だと後継者はいないんだね?」
「はは……情けない話です。後継者の育成もろくにできない野郎が先生と呼ばれているんですからね」
艦長はそこで急に大きな笑い声を上げた。だが、それはどこか空虚な響きだった。
「なあに、若い兵士が訓練から逃げ出すなんてのはよくあることだ!」
「まあこんなぼくでも、まだ将軍のスペアパーツくらいにはなるんですが」
安養院係長はため息をつきつつ首を横に振った。
「——現代の将軍は勝って当たり前。すると次には勝ち方が求められます。楽勝、一撃、完全勝利と。今回の作戦でも彼が駄目だった場合ぼくが代わりを務めるのがプランCです。でもぼくがやったんじゃ川崎あたりの工業地帯まで壊滅しちまうんですよ」
怪獣映画でよくある『巨大生物によって踏み潰された湾岸都市』の光景が現実になってしまうことはたやすく想像できた。命令されてもそれを実行できる度胸があるのかは、正雪自身にもわからなかったが。
「ほう……それはまた」
「世間と政府が求めるスマートな勝ち方からはほど遠い。みっともなく食らいついてようやく勝てるんじゃ話にならないんですよ」
「みっともなく、か……この現代社会で戦艦武蔵はどのように語られているのかな? 大した活躍もできず沈められて、みっともないとは思われていないかな?」
「それは……」
その悲しそうな声色を聞いて、安養院係長は言葉に詰まった。戦艦大和ならともかく、武蔵についてはほとんど知らなかったからだ。それこそ今回の作戦で調べたので一応の知識はあるものの、専門家には遠く及ばない。戦歴を見るならば、武蔵は有効活用される間もなくレイテ沖海戦で撃沈されてしまったということ以外は語りようもないのだ。
艦長はその逡巡の様子から全てを感じ取ったのか——寂しげに笑うと、斜めに横たわった武蔵の艦橋を見上げる。
「お心遣い感謝するよ係長さん。愛しの武蔵がどれだけ凄い戦艦だったのかを現代人に知ってもういい機会だ。ああ……作戦開始が待ち遠しいね」
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