忍法・空蝉の術4

「ちょっと待ちなさい」

 エルフ耳の令嬢は詰め寄ってきた。魔人は嘘に対して非常に強い嫌悪感を持つ。たとえ助けてもらった相手とはいえ、それは看過できないのだろう。それはそれとして女子特有の芳しい香りが漂ってきた、少年の情緒が乱れる。


「あのすいません、ちょっと勘弁してください。外では絶対に手品ってことにしとけって言われてて……」

 面高は辺りを見回した。防犯カメラなど町中の至る所にあり、ドローンやカメラマニアがどこからか超望遠レンズで狙っていないとも限らない。外で機密情報を明かすのはまずいのだ。

「では質問を変えます。あなたは魔界の秘宝を持っていますね? 『カムヅミ』という果実です」


「それなら、まあ……持ってます」

「カムヅミの特性は物体の復元だと聞いています。そうですね?」


「まあ。はい」

 それくらいなら機密条項に反しない。少年はボロを出さないよう慎重に言葉を選んだ。

「さっきの錆びた鉄を刀にまで復元したのはその特性?」


「ええ、一応」

 将軍は法的に許可なく武装してはいないことになっている。かといって今回のように町中で突如襲われた場合など、いちいち政府の許可を取っている暇はない。


 なのでそういう場合には魔界の果実『カムヅミ』の力で朽ち果てた武器を残骸の状態から復元し、敵と戦う。法的に“あくまで将軍は武装などしていない”ということにしなければならなかったのだ。


 武器を元の残骸にまで戻してしまえば、将軍が武器を使ったという物証は消える。手のひらに収まるほどの鉄片てっぺんなら、銃刀法違反には引っかからない。たとえ動画に撮られていようと証拠が存在しない以上、それが違法行為だとは立証できない。

 しかし、ただカムヅミが存在するというだけで、ゼナリッタには充分だったようだ。


「本当にあったんだ……」

 ゼナリッタは俯きつつほほえんだ。その朗らかな笑顔に面高はやはり魅入ってしまう。

 見つめられているのに気づいた彼女は表情を取り繕う。

 そんな少年少女の反応を逐一観察していたフクロウの尊林は、ホーホーと笑っていた。

「——なるほど……じゃあさっき出てきたもうひとりのあなたは何?」


「……分身の術です」

 面高は嘘をつくのが下手だった。

「何か植物っぽいものがあなたの袖に収納されていくのが見えたけど、あれがカムヅミ?」


「……気のせいです」

「……何か話せない理由があるの?」


「あれってだいたい国家機密なんでここではちょっと……」

 面高は美人の追求に負けてしまいそうで脂汗が噴き出てきた。

 ゼナリッタは可愛らしくため息をついた。

「わかりました……それはあとでゆっくり見せてもらうとして。では最後の質問、あなたさっき死んでいなかった?」


「……死んでません。ギリギリよけました。あれは空蝉の術です」

 面高には建前上の説明しかできない。なのでそれは嘘だ。現代人に知られる派手な忍術は、江戸から昭和にかけてのフィクション作品によって発明されたものなのだから。


「ねえ尊林、空蝉の術ってなに?」

 姫のあどけない問いに、フクロウは答える。


「空蝉の術とは、自分が攻撃される寸前に身代わりと入れ替わる術ですが……さきほどのは」

 尊林は面高の頭と右肩を一瞥いちべつしてきた。明らかに少年の頭部には牙による貫通孔が開いていた。たとえ魔人の眷属でもあれは致命傷だ。

 しかし面高はそんなそぶりを表に出さず、ごく普通に会話をしている。知らない人にとっては奇異に映るだろう。


「いやー、あの、そろそろ将軍庁に入りません? 外だと話せることに限りもありますんで」

 面高は将軍庁入り口へとふたりを促した。

 しかし、姫は将軍庁を、というより建物としてのツインタワービルを不審な目で見ていた。最上階から入り口までを、その視線が何度も往復している。

「この妙な建物に入るの?」


「ああ、外国人観光客がよく言いますね、それ」

 面高は何度も説明しているので慣れていた。

「——ひとつのビルが途中からふたつに分かれてるのは珍しいみたいですね。なんか昔はよく雨漏りしてたみたいなんですが、今はそんなこともないですよ。部屋としても居心地いいんで」


「姫、お世話になるのですからあまり贅沢は……」

 眷属はたしなめ、魔人の少女はうなずいた。

「そうね、では参りましょう——ですがその前に改めて自己紹介を」


 ゼナリッタは表情を引き締め、胸を張った。グリーンゴールドの髪は昼下がりの風にながれ、純白のキトンドレスは体のラインを際立たせる。人類全てを魅了するであろうレッドパープルの瞳は、凜々しく面高を見上げていた。


「あ、自己紹介。おれは日本国2代目天威大将軍てんゐだいしょうぐんの面高と言います」

 面高はやや早口で言い切った。『自己紹介』というキーワードを聞くと反射的にそう口が動いてしまうほど、将軍は常日頃日本中を挨拶回りしていた。東京の将軍はテンプレート的な答えなら大得意なのだ。


「ありがとう。わたしは選帝侯が一人、砂鉄さてつこう公の次女、フクロウの紋章のゼナリッタ。本日はあなたにお願いがあって参りました」

 魔人の中でも最強と言われる選帝侯。その娘だけあって彼女は問答無用の存在感があった。ただそこに立っているだけで、その場の人間も、空気も、全てを支配下に置いてしまうようなカリスマ性。どのような人間でも、それを目にしたらすぐにでも頭を垂れてしまうであろう、美しき威圧感。


 多感な少年にとって、それはとても魅力的で、危険だ。

 その『お願い』がどんなものでも即座にOKを出してしまいそうなほど、面高にとって彼女は神々しく映っていた。

「——全ての将軍兵装を持って、わたしについてきてほしい。そこであなたにはある相手を殺してほしいのです」


 面高は未知なる予感に飲まれかけていたが、その不穏なひと言でわずかに判断力を取り戻した。

「どこに行って……え? 殺す?」


 麗しの姫君はにこやかに告げてくる。

「最終目的地は魔界の最深部。標的は、わたしのお母様を含む魔界最強の選帝侯たち。報酬は、わたしの全て——あなたに人生を懸けてもらう以上、わたしも全てを捧げます。身も心も、生涯の全てを。どうか契約をお願いします」


 ★ ★ ★ ★ ★


 読んでいただきありがとうございます。

 ここまでが最初のひと区切り。マンガの【新連載! 大増ページの第1話】とか、アニメの【新番組の第1話】みたいなものです。


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