「たかが総理大臣なんぞの命令は聞けないね」3

 安養院係長は手短に、だがわかりやすく今までの経緯を説明した。

 魔人とは何か。拡張人体とは何か。現代の将軍の置かれた状況。97人の人質。敵の射程距離。東京湾の封鎖状況。政治的経済的理由でこれ以上の猶予がないことなどを。


「なるほど、状況は把握した」

 艦長は命令書を受け取り、その隅々にまで目を通していた。

「——だが理解できない点がひとつある。どうして天威大将軍てんゐだいしょうぐん専用兵装とやらを使わないのかね? そんな『マッチ箱ひとつ分で都市を滅ぼせる新型爆弾』のごとき物があるなら、使わない手はないだろう」


「マッチ箱って何ですか?」

 少年からの質問に艦長はのけぞり、安養院係長へ視線を向けた。

「……現代にはマッチが無いのかね?」


「……たまには見かけるんですけどね」

 しかし艦長が本当に聞きたいのがそれではないのは明らかだ。安養院係長は続けた。

「——現代の将軍は敵に勝って当たり前。勝った上で人質は全員救出し、敵の配下も殺さず捕虜にする——そう世間から期待されているのです」

「なんと甘い考えだ……日本も変わったな」


「過去と現代では価値観が違うのです」

 安養院係長は軽くため息をついた。

「——犠牲を最小限に抑えるのが現代の戦いです」


「帝都の玄関口を敵に押さえられていながら悠長なことを……」

 艦長は頭蓋骨を横に振った。

「——戦いにおいてなめられたら最後、敵は際限なくつけあがる。それは国際社会でも人間関係でも同じことだ」


 今まではおとなしく話を聞いていた面高も、その言葉だけは聞き逃せなかった。

「ナメられたら終わりって、そりゃ現代でも同じですよ」

 少年は後ろポケットから錆びた鉄片を取り出し、それを手早く日本刀へと復元する。その切っ先を床に突き立て、眉をつり上げた。


「——相手は人間を操り人形にするような奴ですからね。東京の入り口に陣取って、100人の自由を奪った敵。たぶん洗脳に近い方法で心身の自由を奪った自称医者。魔人の貴族のクセして、今までに全く姿を見せてこない。そういうやり方って気に食わないんですよ。おれだって攻撃許可が出りゃ今すぐカチコミに行くんですがね」


 敵が堂々と肉弾戦を挑んできたのなら、面高もここまで腹は立たなかっただろう。それに、現代社会の事情をよく知らないであろう骸骨に勝手なことを言われるのも我慢ならなかった。

 しかし個人的感情に走ってはいけないのが現代の将軍だ。心を落ち着けると面高は刀を元の欠片に戻し、ポケットに入れた。


 安養院係長は苦笑していた。もしかして大人の都合で言いたくとも言えなかったことを、教え子が口にしてしまったからなのだろうか。


 苦情を言われた骸骨は大口を開けた。

「はははは! なんだ、現代人も牙を抜かれたわけではなさそうだな!」

 艦長は快活に笑ってから、後ろ手に手を組んだ。

「——あいわかった。当方としては現代の将軍に協力するのはやぶさかではない。それで、正式な命令書はどこかな?」


「え?」

 面高は安養院係長の顔を見上げた。

「——さっきのって正式な命令書でしたよね?」


「ああ」

 安養院係長はもう一度内ポケットから命令書を取り出した。だが、骸骨の艦長は首を横に振り、ため息をついた。どこから息を吸い、そして吐いたのかは全くの不明だ。

「戦艦武蔵を預かる者として、たかが総理大臣なんぞの命令は聞けないね」

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