「たかが総理大臣なんぞの命令は聞けないね」2
将軍庁地下に存在する地下大空洞——体感では国立競技場よりも広いであろうそこに、復元された戦艦武蔵が横たわっていた。面高は船底の船尾部分に立っている形になるので、そこから見えるのは曲線を描く巨大な船底。それが壁にしか見えなくても不思議ではないだろう。
「お役人さん。当方は艦長ではないと言ったでしょう」
骸骨は穏やかな声色を発していた。筋肉を含む軟繊維が全く存在しないのにどのようにして下顎を動かし、発声しているのか、面高には不思議でしょうがなかった。
——どうやって喋ってんだコレ。
面高は武蔵については戦艦大和の同型艦という程度しか知らなかった。なので名前を聞いてもあまりピンとくるものがない。現代に蘇った超弩級戦艦よりもしゃべる骸骨の方が気になってしまうのだ。
「いやぁしかしね艦長さん。呼び名がないと何かと不便ですので」
安養院係長は柔和に話しかけ、艦長は指先で頭蓋骨をカリカリと掻(か)いていた。
「まあ便宜上艦長と呼ぶなら仕方なしやもしれませんが、どうかこれだけは知っていてほしい」
骸骨は海軍式の敬礼をした。
「——当方は戦艦武蔵乗組員の、誰かであって、誰でもない。二等水兵でもあり、水兵長でもあり、少将でもある。艦長でもあり、砲術長でもあり、コックでもある。だがその誰でもない……何者でもない、ただの骸骨である」
「ん?」
面高は安養院係長と艦長の顔を交互に見た。
「——骨も一緒に復元されたんなら、誰かではあるんじゃないんですか?」
「違うんだよおもくん」
安養院係長は首を横に振った。
「——元の残骸はただの金属板で、骨なんかは含まれていなかったんだよ」
「え? じゃあこの」
この骨、と言いかけて面高は軌道修正した。
「——この艦長さんはどこから来たんですか?」
「少年大将軍、それは非常に哲学的な質問だ」
骸骨は下顎の骨を指先でさすった。
「——なにやら不思議な感覚なのだがね、こうして現世に呼び戻されたと同時に、魂が混ざり合ってしまったような気がするのだよ。この戦艦武蔵と運命を共にした仲間たち、その全ての魂とね。まあ魂というものが普段どこにあるのかは、プラトーンやアリストテレースにでも聞いてみなければなるまい」
艦長はまるで笑っているかのように上半身を揺らした。カラカラと骨がぶつかって鳴る。
「はあ、魂の合体……」
面高には想像もできない現象だった。
「で、おもくん。問題はここからなんだけど」
安養院係長は武蔵の船底を手のひらで叩いた。
「——きみはこの武蔵を武器として使えそうかな?」
「え?」
面高は横たわった武蔵を見渡した。立っている船尾から舳先までは200メートル以上だ。そして上を見れば、その高さ——すなわち艦の横幅だけでも雑居ビルほどはある。多くの船乗りによって運用されていたという巨大戦艦を武器としてひとりで使うなど、少年の常識外だった。
「きみは今まで多くの残骸を復元して、武器として使ってきた」
安養院係長はA4の紙束をめくる。
「——その中には、仕組みを詳しく知らない物もあったはずだ。でもきみのカムヅミで復元したから『何となくこんな物だろう』程度の知識しかなくても、それを武器として使えてきた。で、これはどうだい? 主砲塔とか動かせそうかい?」
「え……ちょっと無理っぽいんですけど」
船尾に位置する面高からでは、主砲塔は全く見えない。
「じゃあそれはどうだい? その上のスクリュー」
安養院係長は上を指さした。面高は注意深く観察したが、そこにあるのがスクリューだとはしばらく認識できなかった。それがあまりにも巨大すぎて、可動部分であるとは思えなかったのだ。
「……ちょっと動きそうにありませんね」
安養院係長は再びA4用紙をめくった。
「今までだって、復元した物を使いこなすのはある程度の慣れが必要だったろう? でも全くこれっぽっちも動かせないってケースだと、話が別だ……ああこれだな」
安養院係長は書類に書かれた文章を面高に指し示してきた。
【ただし、他の誰かが所有権を持つ物体は、復元してもそれを使用できない】
そのカードゲームのテキストめいた文言を見て、面高は思い出した。
「ああ、そういえばセリさまがそんなこと言ってましたっけ」
「だろう? だとすると」
書類をのぞき込む面高が文章を読んだのを確認して、安養院係長はそれを今度は骸骨へ見せた。
「——艦長さんが、この戦艦武蔵の所有権や使用権を持っているんじゃないかと思ってね」
「ふむ、だとすると指揮権だろうね」
艦長は下顎の骨に指を添えた。
「——戦艦は軍からの預かり物であり、個人の所有物ではない……するとなにか? 現代の大将軍へ使用許可を与えるため、当方の魂が現世に呼び戻されたというわけか?」
「おそらくそうなのではないかと思われます」
安養院係長は手にしたA4の紙束を、面高が運んできた台車の上に置いた。そして内ポケットから封筒を取り出す。そこから質の良い紙を抜き取って開き、艦長に見せた。
それは総理大臣の署名が入った、黄昏作戦の正式な命令書だった。
「——艦長どの、どうか敵を倒すため将軍に協力してほしい。世界最大の主砲なら、敵の射程距離外から一方的に攻撃できるはずです」
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