「たかが総理大臣なんぞの命令は聞けないね」1

「そもそも武器はあるんだよ。射程30キロより遠くから、相手をぶちのめせるやつがね」

 A4の書類に目を通しながら、安養院係長は面高に声をかけてきた。


 黄昏作戦の通達を受けてからまだそれほど時間の経っていない、その日の夕方——目白長官が首相官邸へと赴いていたころ。ふたりは飾り気のない通路を進んでいた。


「えっ、そんなのありましたっけ? さっきの話し合いじゃ飛行機はダメ遠距離攻撃もダメって言われましたけど」

 台車を押して歩いていた面高は、思わず足を止めた。台車に乗っていた段ボール箱の中から、時間差をおいてガチャンという重い金属音が響く。


 そこは将軍庁の地下実験場へ向かうための通路だ。


「ぼくらも結構仕事してるんだぜ?」

 安養院係長も足を止め、手にしているA4用紙の束を叩いた。

「——将軍庁に届いた残骸を分類して、復元武装として使えそうな物をピックアップして、送り主の身元を洗って、それをデータベース化して……ってね」


「それ面倒そうですよね」

「細かい作業まできみにさせてちゃ勉強がおろそかになるからね。だからこういうのは実験用のカムヅミで復元・総点検してるってわけだ」


「で、なんかいいのがあったと」

 教え子の期待をよそに、安養院係長は苦笑していた。

「まぁ……あったが……あったんだがね」

 係長は移動を再開した。

「——デカすぎるんだよなぁ、これが」


 面高は台車を押して後を追う。

「はあ……まあ射程30キロ以上とかの攻撃ができるんなら、やっぱデカくないとですよねえ。ミサイルとか飛行機ですか?」


「こればっかりは、その目で見てもらわないと実感できないだろうね。実際目にしたぼくも、未だに意味わかんねぇんだから」

 安養院係長はドアの前で止まる。ロック解除機構を操作すると、ドアが横にスライドした。


 面高は室内の物体を見た。

 曲線的な鋼鉄の壁だった。

 それが部屋の奥まで、それこそ100メートル以上にわたって続いていた。


「……デカいな」

 それ以外の感想はなかった。何らかの巨大構造物であることは確かなのだが、少なくとも建物には見えなかった。よくわからない現代アートをむやみに巨大化させたらこんな物体になるのでは、とも思われた。

「デカすぎるだろう?」

 安養院係長は稚気ちきと自嘲の混ざり合ったような笑みを浮かべていた。全体像が把握できないほど巨大な物体を前にすると、驚きよりも笑いが浮かんでくるものだ。


「デカいですね……これ何なんですか?」

「これなぁ……とりあえず船の底の部分だね。船底」


「へえ……船底ってこんな形だったんですね」

「ああ。で、問題はこれが何の船かって話なんだけど……」

 安養院係長は辺りを見回した。とはいうものの目の前の船底部分があまりに巨大なため、この船の全体像は見渡しようがなかったが。

「——本人から直接聞いた方が早いと思ってね」


「本人?」

 面高にはその言い方が妙に引っかかった。このエリアに部外者が入ることは考えられない。将軍庁の職員がいるにしてもそれを『本人』と呼ぶのはどこか不自然だ。黄昏作戦は極秘なのだから、元となった残骸の持ち主などがこの場にいる可能性も低い。


 横から足音が響いてきた。

 少しずつ近づいてくるそれは、どこか奇妙だった。足音としてはどこか音がおかしいのだ。その人物の履いている靴底は、ゴムでも金属でもない。下駄などの木製でもなければ、草履などの繊維製でもない。そのどれとも違う、どこか乾いた、堅い音だった。その『足音には聞こえない音』を足音だと思ったのは、その音のリズムが間違いなく人間の歩行によるものだと面高には感じられたからだ。


「やあお役人さん、その少年が現代の大将軍かね?」

 足音の主が巨大構造物の陰から姿を現した。


 それは骸骨だった。

 正真正銘の全身骨格。服や靴などは身につけていない。頭髪や筋肉なども全く残っていないので、骨の間から向こう側が透けて見えた。


 ——なんだコレ。

 面高は現状がいまいち把握できなかった。


 それはあまりにもリアリティがなかったからだ。面高にとってリアルな骸骨とは、ゲームや映画に登場するようなおどろおどろしい存在なのだ。暗黒のオーラを身にまとい、手には凶悪な武器を持ち、表情筋など無いにもかかわらず表情が豊かなアンデッド。それが少年にとってのスケルトンだった。


 しかし目の前の骸骨は全く恐ろしくなかった。リアルな『人骨』というものを目にする機会の少ない現代人だからこそ、本物の全身骨格と対面してもどこか現実感がなかったのかもしれない。


「お。きみは案外驚かないんだね」

 安養院係長は教え子に感心してから、骸骨に会釈をした。

「——彼がこの船の……戦艦武蔵の艦長さんだよ」

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