ふたりの天女3
しばらくは沈黙が続いた。わかったとはいうものの、理解はしかねるのだろう。ゼナリッタはそんな表情だった。
魔界では戦闘における有益度によってあらゆる序列が決まる。それが人類の上位種である魔人の摂理だ。なのになぜ魔人に近しい生物である人類が——最強の人類である東京の将軍が強者らしく振る舞えないのか、どうしても納得がいかないのだろう。
「ではカムヅミについて教えてちょうだい。どうやって発芽させたのか。なぜ少年の腕に貼り付けているのか」
ゼナリッタからの質問に、セリは少しだけ考え込んだ。
「……それについては話すと長くなるが、カムヅミはご亭主さまのそばにあるときだけ成長し、実をつけるのじゃ。今まで4万年あらゆる条件を探ったが、ついぞこれ以外の発芽条件を発見できなかった」
「あの少年の生命力を吸い取って成長しているということ?」
「いや、それはない。世間一般には『置くだけ充電』という説明が通用しておるかの。植物というのはちょっとした環境の変化で成長度合いが変化する。単にカムヅミがご亭主さまのことを気に入ったのじゃろう」
「そのお気に入りが死に瀕したから全力で守ったというのが、さっきの戦いということ? カムヅミは死んだ人体の復元もできるというの?」
セリはベッドに腰掛けたまま、脚をプラプラとさせる。その美貌は
「理論上には死者の蘇生も可能じゃ。じゃが倫理的には禁じられておる。まあ禁じられていようと、カムヅミが宿主であるご亭主さまを勝手に復元してしまうのは止めようもないがの」
「でも、あんな風にいったん攻撃されてからでないと反撃すらできないなんて……」
誰もが疑問に思うだろう。しかし日本国内ではそれが当たり前だった。相手が明らかな侵略者だろうと先に攻撃をしてはいけないというのが『常識』になって久しいのだから。
「それがこの国の空気なのじゃ。それに、まだ若いご亭主さまに無制限の戦力行使を許可していては、社会の秩序が保てぬという政治的理由もある」
「ねえセリ、将軍兵装ってそもそも何? 性能は?」
「それは国家機密ゆえ申し上げられぬ」
その言葉だけは妙に他人行儀だった。しかしゼナリッタはそれで気分を害したような様子も見せない。たとえ相手がどんな弱者であろうと、交わした契約は絶対に守らなければならない——それが魔界の住人の摂理だった。
「——まあ、おぬしが政府と契約し、正式な将軍庁の仲間となったなら秘密を共有できるじゃろうな」
「ええ、それで構いません」
「まあ、将軍兵装についてわかりやすい動画がある」
そう言うと、セリは携帯端末を操作してゼナリッタへ見せた。
それは至ってシンプルな動画だった。
流れてゆく彗星を地上から撮影したものだ。その彗星が、地上より飛来した何かによって粉々に打ち砕かれてしまう、というところで動画は終わる。再生時間は1分もない。
「これが将軍兵装の一撃?」
「うむ、ご亭主さまが地上から彗星を打ち砕いた時の映像じゃ」
セリは自分のことのように誇らしげだった。しかしゼナリッタは怪訝な表情を隠そうともしない。
「でもこれくらいならあなた素手でもできるんじゃないの?」
セリは困ったように苦笑した。
「まあできるが……なにせ地上で将軍兵装の火力演習などした日には、人類が滅亡してしまってもおかしくはないからのう」
「……それは魔界の貴族にも通用する威力、ということ?」
「無論じゃ。先ほども言ったじゃろう。選帝侯にも後れは取らぬと。じゃがその威力のせいで、ご亭主さまは国際社会から破壊神扱いじゃ。ゆえに多くの規制で縛られておる」
十代の少年少女が強大な力を手に世界を救うといった娯楽作品は多くある。しかしそれはあくまでフィクションだ。
学校に通うような年齢の少年が何の制限も受けずに無敵の力を行使するのは、現実ではあり得ないのだから。
人間には想像も付かないほどの長い長い旅路を経て、ようやくたどり着いた東京新宿将軍庁。戦いとは無縁の国の、戦いとは無縁の室内。窓の向こうから微かに聞こえてくる人々の営みが、少女の安堵感を大いに刺激したのだろうか。
ゼナリッタは立ち上がり、大窓越しに新宿の町並みを眺める。
周囲に広がる高層ビル群。眼下を行き交う多くの車。遠くから聞こえる電車の音。町中に散らばる色鮮やかな広告。そしてそのどこを見ても人々があふれている。
「おぬしが涙を流すとは、ずいぶん珍しいのう」
ゼナリッタは指摘されて初めて気づいたのか、目元をあわてて拭った。
「うん。あんなだった人間がここまでの文化を作り上げたんだなって、感動していたの」
それは幼くも儚い笑顔だった。
「——永久封印刑を受けて今まで4万年……本当に永かった。自我を保つためにずっと眠っていたけれど、それでもあそこは地獄そのもの。使命のために耐えに耐えて、それで将軍と出会って、あなたと再会して、なんとかなりそうだと思えて、今やっと安心できたの」
「まことにお疲れであった。これからは
セリはねぎらいを込めてそう言うと、フクロウにも声をかけた。
「——尊林も今まで連絡役ご苦労じゃった。地上と魔界の往復は疲れたろう」
尊林は片方の翼を開き、もう片方を胸元に当てた。それは紳士から令嬢への敬礼だ。鳥の翼の関節可動域は人間より狭い。フクロウが相手に敬意を表するとなれば、取れるジェスチャーは限られるのだろう。
「お心遣い感謝しますぞ。拙僧のようにちっぽけな存在は、お使いくらいが精一杯にございますれば」
「
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