ふたりの天女2

 ゼナリッタは各種のニュース記事を読んでいる。尊林は少女の右肩から同じ記事に目を通していた。

【第2の天女さまご来光!?】

【金髪美人の天女さま】

【天女さまが女子アナに暴行!? 魔界の住人に責任は問えるのか】


 紙に印刷されたそれらの記事にざっと目を通したあと、ゼナリッタはセリに訊いた。

「なんでわたしたちが『天女さま』って呼ばれているの?」


 ふたりの天女は場所をセリの私室に移していた。

 セリの個室でまず目を引くのは、壁にずらりと並んでいる種々雑多な古めかしい衣装いしょう箪笥だんすだ。それ以外には食器棚が存在を主張している。


 棚の中には水出しコーヒー用ウォータードリッパーが鎮座している。最上部に水を入れるタンク、中間にコーヒーの粉を入れるドリッパー、そして最下部にはコーヒーを受けるためのポット。それらが一体となった大型のガラス製品だ。食器棚の中にはそれ以外にも年代物の水出しコーヒー用具が並べられている。

 それ以外にはベッドがあるだけで、住人の性格が見て取れる簡素な室内だ。


 セリは窓際のベッドに座り、隣へゼナリッタを促した。

 セリの外見年齢は10歳児程度、身長138センチの少女にすぎない。室内着として用いている浴衣も帯も子供用だ。

「何でもこの国では『何やら凄そうな所から来たおなご』のことを天女と呼ぶそうな」


「魔界から来たって知っているのに?」

「人間にとって魔界など『無限のエネルギーを生み出す凄い場所』程度の認識じゃ。なにせそこが映像に収められたことはないからのう。皆、理想郷に違いないと夢を見ているのじゃ」


「ふうん……」

 ゼナリッタはようやくセリの隣に腰を下ろした。眷属の尊林は主の右肩におとなしくとまっている。

「カムヅミについて、何から話せばいいかのう?」


「そうね、いろいろ聞きたいことはあるけれど……将軍は、あなたの——いえ、わたしたちの願いを叶えてくれるだけの実力はあるの? さっきの戦いぶりを見ていて、とても不安になったのだけれど」

「ある」

 セリは表情を引き締めて断言した。

「——魔界の秘宝に完全適応した人類は現時点でご亭主さまただひとり。完全武装で挑めるのなら、選帝侯にも後れは取らぬ。いずれ我が父に代わり、魔界の宝物庫を完全破壊してくれるじゃろう」


「完全武装で挑めるのなら、ね」

 ゼナリッタは嘆息した。

「——それができないおかげで、彼は苦労していたようだけれど……あれはなに? 何でこの国最強の戦士が妙な法律に縛られているの?」

 それを聞いて、セリの愛らしい表情は陰りはじめた。

「それはの、ご亭主さまが望んだからじゃ。普通の人間でありたい、と」


「普通? 最強の戦士なのに?」

 強さこそ全ての魔人にとって、それはとても意外な答えだったのだろう。

「今の人類社会は国民国家。権力も、武力も、財力も、強い一個人が全てを握るのではなく、多くの人間が分担して国家運営をするのじゃ。そういう社会に生まれ育ったご亭主さまにとって、自らの意思で軍事兵器を運用するのはあまりにも精神的負担が大きい。それにこれが最も重要なのじゃが……ご亭主さまには友達が少ない」


 ゼナリッタは拍子抜けしているようだった。

「……人間は数が多いから、同年代の子なんていくらでもいると聞いていたけれど」

「それがの……ご亭主さまが将軍として有名になってからというもの、同級生たちの態度が豹変したらしいのじゃ。将軍として当然もっているであろう権力・財力・特権などを利用しようとな。ご亭主さまはそれをひどく悲しまれ、落ち込んでおった」


「でも、将軍に特権は無いのでしょう?」

「世間はそう思ってくれないものじゃ」

 陰謀論を信じる人々は意外と多く存在する。多感で騙されやすい若年層には、特に。

「——それからというもの、ご亭主さまは『普通』であることにこだわるようになった。将軍兵装の発動指揮権を総理に預け、法に従い、普段は武装せず、公務以外ではあまり人前に出ず、庶民らしく過ごそうと心がけておるのじゃ」

「なるほどね、彼の置かれている状況は大体わかりました」

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