第20話 共闘(2/3)

 全力でハナエルの頭をぶん殴りに行く。が、羽根の方が圧倒的に素早い。すぐに腕が羽根で串刺しになり、動きが止まる。ここで終われない。俺は本当に死んだっていい。地面に縫い留められた腕に体重をかけて下半身を浮かせ、腹に強烈な蹴りを入れる。少し怯むが深刻なダメージは入っていない。左腕で殴る。何度も何度も殴る。これも響く様子が無い。

「意外と粘るねぇ!もう仲間の可能性はゼロかなぁ?」

 左腕にも雨のように羽根が降り注ぐ。強烈な痛み。右手が緩んだ隙に地面を蹴りだし、左腕のダメージを考慮せず一気に引き抜く。距離を取って体制を立て直すが、左手はもう動かない。骨が折れているようだ。右腕だけで戦うしかない。

「クソッ!!」

「勝算はどれくらいかなぁ?万に一つ?億に一つ?いやいや!馬鹿だねぇ、一つも無いさ!!」

 距離を詰めようとするが、足が動かない。見ると、無数の羽根が足に突き刺さり俺を地面に縫い付けている。歩み寄るハナエル。上半身が動く範囲で殴ろうとするが、間もなくすべての部位に羽根が突き刺さる。辛うじてハナエルの胸元を掴むが、振り払いもせず余裕な様子だ。もう、負けることは無いと確信しているのだろう。

「無茶だ……イサム、お前がそこまで……」

 倒れていたナスルが俺を見て手をつくが、もう限界だ。腕から血を噴き出したかと思うと、再び伏せてしまう。だが、俺はこの世界での恩をみんなに返しきれていない。しかも二度受けた命だ。ここで使わずに、何に役立てる。

「止めて見せる……絶対に」

《Aries… PHASE: DEICIDE!!》

数センチしか動かない腕でシリンジを立て、また倒す。拳の先に黒紫の粒子が集まっていき、その拳をハナエルに向けて思い切り振り下ろした。反響する爆発音。少しは、ダメージが入ったと良いが……。

「私に身体を使わせるかぁ……うーん、侮れないねぇ!」

 振り下ろした拳は、がっしりとハナエルの手に掴まれていた。その手からは淡く煙が上がっており、多少は傷を負わせた事を物語っている。やれるか。これの後何倍の力が有ればこいつを倒せるだろうか。再び力を入れる間もなく、全身から力が抜けていく。そうか。やはりボトルブレイクのような大技は魔力消費が激しいのか。ボトル・レリックの魔力供給が無限とはいえ、供給速度の限界がスタミナの底をつかせる。

「あーあ、動けなくなっちゃったかぁ。どうしようねぇ、ここから」

 ハナエルはその様子を察すると、ニヤリと笑って拳を握る手に力を込める。ミシミシと音を立てて割れていく装甲。右手すら、長くは持たない。少しでも長く戦うために、少しでも勝機を作るために、気をそらさなくては。

「なぁ!……ハナエル、魔女の世界の娯楽は何だ?場合によっては、お前についてやらなくもない」

「娯楽かぁ、面白い魔獣を作るのは楽しいねぇ!結婚してしばらくたった家族とか、別れ際のカップルとか。反抗期の子供とかで魔獣を作ると、愛はあっても価値観が違い過ぎて襲っちゃったりするんだぁ!それは最高に楽しいよぉ」

「そうか!!人間に比べりゃ微々たる娯楽だな!」

 俺は今までの人生で最高に最悪な顔で、ハナエルに激しく知ったような口をきいた。

「わかるよ(・・・・)、そりゃ人間に嫉妬もしちまうよな!!!可哀想(・・・)だ、すごく同情する(・・・・・・・)ぜ!!」

「同情……?わかるぜ…………?何がぁ?」

 締め付ける手が一瞬強まったかと思うと、離された手が勢いよく心臓に突き立てられる。マズい、想像以上に怒らせてしまったようだ。さっきと放つオーラがまるで違う。まるで雷の前の雨空のように、ピリピリと肌がひりつく。

「気に入ったよぉ、君は魔獣にしてあげるねぇ!!騎士の魔獣、一回作ってみたかったんだぁ」

 反対側の手が俺の頭をがっしり掴む。心臓に刺さった腕を伝って、何か黒い液体が流れ込んで来る。次第に脈が大きく揺れ、身体の中を何かが這いずり回り始める。何だ。何をするつもりだ。こうやってあの女性も魔獣にされてしまったと言うのか。深い絶望感が、俺の思考を歪め始める。

「さて……君の価値観はぁ、ふむふむ……掛けた苦労を返せるのなら、俺はどうなったって良い?……クソッ!!どんなに増幅したってお前しか殺せやしない!使えねぇなぁ!」

 体に刺さっていた羽根が、全て一気に引き抜かれた。黒い液体も零れ落ち、地面に染みて消えていく。助かったのか。少なくとも、身体が魔獣に変わっていく気配は無い。ただ、安心する場面では無さそうだ。これまでに感じた事の無い程の強い殺気が、空気を通り越して地面すら震わせている。

「あーぁ、残念だなぁ。誰が仕組んだか知らないけど、大失敗だよぉ。これは私が処分してあげる、作った魔女も感謝すべきだよねぇ」

 全ての羽根が高く持ち上げられ、空中でねじれ、寄り集まって一つの大きな杭を生成する。ダメだ、どんな手を使ってもこんな攻撃防ぎきれない。諦めて目をつむる。「ばいばい」というハナエルの声と共に、風を切る鋭い音がする。直後響く、地を揺する轟音。俺の意識は、そこでぱったりと途絶えた。

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