第17話 見習い(2/3)
「君も持っているそれ、騎士になるためのボトル・レリックを模した物なんだ。この国の伝統では、みんなここに魔力を集めて魔法を使うんだよ」
「そうだ。子供の頃は魔力の制御が難しい。指に魔力を集めようとして、吹っ飛ばしでもすれば大事だからな!慣れるまでいくつも瓶を割ることになるが、いい思い出になる」
「そして大事な物だから、しばしばプレゼントの対象にもなる訳さ」
「なるほどな……」
「ちなみに騎士は、概ねボトル・レリックからの魔力を使う。だからフォーチューン・ボトルは必要ない。自身の魔力を使うとしても、レリックに魔力を集めれば良いだけだしな」
ナスルは自分のボトル・レリックを掴む。空色が透き通る、宝石のように美しいボトルだ。それをまた服の中にしまうと、ため息と共にベルトを撫でる。
「ボトルが割れる度にサナが作ってくれていた頃が懐かしい。ああ見えてあいつは可愛い物好きでな、その上器用だ。当然フォーチューン・ボトルみたいな物があれば好んで作る訳だが、あいつのボトルは一度も割れず仕舞いだ。要領がよかったのもあるが、子供の頃からボトル・レリックを取り込んでしまったからな!今思えば、適格者じゃなきゃどうなっていた事か」
「適格者?レリックは誰でも使える訳じゃ無いのか」
「失礼!!イサムは田舎出身でね、家族以外の人間を見たことが無いんだ」
「ああ……なるほどな」
ライラは俺の肩に手を添えると、険しい顔でアイコンタクトする。どうやらあまりするべき質問では無かったようだ。しかしナスルは「良いんだ」とライラを制すと、疑うことなく質問に答えてくれた。
「東統府の外には騎士なんてほぼいないから、知らなくて当たり前だ。レリックを持つものが戦いをやめたり亡くなったりした時に後任を選ぶことになるが、適格者である必要があるんだ。大抵は魔獣に襲われなかった人間がその確率が高い」
「適格者じゃない人間が、騎士になるとどうなるんだ?」
「……魔獣になる」
いきなり険しい顔になるナスル。ボトル・レリックという危険な存在を用いてまで、魔女と対等に戦う力を得るのは相当な覚悟が必要のようだ。俺とは想いの強さがまるで違う。気づいたときに騎士だった俺と、魔獣として仲間に殺されるリスクを胸に騎士になった者とでは、覚悟に雲泥の差がある事は明らかだ。
「メディル家は騎士の家系だ。父も騎士だったが、叔父は若い頃にサナのボトルで騎士になろうとして、魔獣になり父に処分されている。それ以降後継者が見つからず封印されていたものを、子供のサナが使ったって訳だ」
「それは……凄惨だな」
「本当にサナが魔獣にならなくて良かったよ」
ナスルはやれやれと首を振ると、おどけた顔をして再び歩き始めた。初めて自分が騎士になった時も魔獣になる可能性があったのだと思うと、背筋がぞっとして思わず鳥肌が立つ。思わず腕を抱えると、雲がかかり一段と寒くなったように感じられた。
「おや、人がまばらになったね」
「そうだな。お昼時にはまだ早いが……」
三人であたりを見回す。不気味な緊張感だが、特に騒ぎが起きている訳でもない。空を見上げても救助を求める光は上がっておらず、見る限り異常は無さそうだ。
「なんだろうな、今の……」
「寒いだけじゃないか?」
「いや、近いよ」
ライラは目を閉じて小瓶を握ると、片足を上げて思いっきり地面を蹴った。鋭い衝撃が地面を伝播し、足をビリビリと揺らす。次第に周囲の振動は収まるが、俺の足はまだ震え続けている。
「何だ……?」
「イサム、何かおかしいと思わない……?」
俺の足元を指さすライラ。慌てて見るが、俺の陰がタイルの道を染めているだけだ。隙間から生える枯れかけた雑草も、別に変わったところは無い。
「何かって、影があるだけだが……」
「私たち、日陰にいるんだよ」
ライラがそう言った瞬間。
陰から素早く斬撃が繰り出された。激しく後退して距離を取る二人。ナスルは自身のシリンジで斬撃をはじき返し、普段おっとりしているように見えるライラも信じられない身のこなしで攻撃を回避する。
「頼んだよ、ナスル!!」
「ああ!!」
響く警告音。ナスルは攻撃から飛びのいて鋭く踵を返すと、シリンジを胸のベルトに突き立て、横に倒した。
「ドレスアップ!!」
《VISOR… FLIP DOWN!!》
暴風と共に青い雷が光り、俺の陰が吹き飛ばされて実態を得る。魔獣だ。初めて見たものより幾分身体が細く見えるが、それでも身の毛のよだつおぞましさに変わりはない。真っ黒な体には全身岩のような装甲があり、足にも頭にも獣の顔のようなものが見受けられる。
《Sagittarius… Angel… ADVACHIEL!!!》
視界が晴れると、眩い青色の光の中から一人の騎士の姿が浮かび上がった。一本の荘厳なツノに、翼のように広がるバイザー。サナの騎士よりがたいが良いのは間違いない。
これが……誠実の騎士、メディル・ナスル!
「イサム!!自衛のためにドレスアップしておけ、回避行動くらい取れるようになるだろう」
「分かった!」
騎士になったナスルは堂々と立って斬撃を弾き飛ばしながら、両手を前に出して剣を持つ構えを取る。すると、胸のベルトから出た青い光の粒子が眩い程大量に集まり、信じられないほど重そうな幅広の大剣に変化した。その剣を担ぐように軽々持ち上げると、一撃一撃に重みのある斬撃を繰り出していく。少しずつ魔獣が繰り出す斬撃の範囲が狭くなり、距離が詰まっていく。
「イサム!こっちにおいで」
安全圏に退避したライラの手招きで、隙を見てライラの方へ移動する。それにしても人間の体にしては良く避けた方だ。このリハビリ中の身体で、傷一つ受けることなく距離を取る事に成功している。俺もだんだん、騎士としての振る舞いに慣れてきたのかも知れない。
「そんなリスクを冒さなくても、あの程度の魔獣なら騎士になれば安全だっただろうに」
「ああ……そうだよな、忘れてた」
忘れてなんかいない。再びマルキダエルの力を行使するのが怖いのだ。自分のリスクというよりは、乗っ取られて他人を傷つける事を恐れている。自分が騎士にならずに済むときは、極力この力は使わないのが無難だろう。
「さすがパワー系、もう決着がつきそうだね」
「待てライラ、これは誰の魔獣だ?また特徴が捉えづらい」
「私にも分からないな。形状が複雑すぎる」
「そうなると、力業しか無さそうだな!」
ナスルは伸縮する魔獣の両腕を根元から消し飛ばすと、シリンジを立てて再び倒した。
「ボトルブレイク!!」
《Sagittarius… PHASE: DEICIDE!!》
突如大剣が二枚に割れ、刃の隙間から光の小刃が出てチェーンソーのように高速で回転し始める。大きく息を吸って止めると、その刃を魔獣の上から下に勢いよく振り下ろした。
「まぁ、ざっとこんなもんだ」
真っ二つになった魔獣の絶断面がずれ、黒い灰のような粒子を散らしながら装甲が剥がれ落ちる。まるで魚のような滑らかな肌だ。しかし、その肌はいつまで経っても崩れる気配はない。
「ナスル!当てが外れたみたいだ!!」
「何ぃ?!」
突如灰の残滓と共に魔獣が姿を消すと、ナスルの直上に現れ鋭い斬撃を繰り出す。飛び散る火花。騎士の装甲に守られてはいるが、受け身を取り切れていない。
「速い!!俺の重い装甲じゃ追い切れん!」
「今サナを呼ぶよ、耐えてくれ、ナスル!」
ライラは自身のフォーチューン・ボトルを高く掲げる。光の筋が一直線に空に伸びるが、その光は一瞬で途切れた。
「ッ!!やっぱりそうなるんだね!」
大袈裟に回避行動をとるライラ。一瞬過ぎて理解できなかったが、光を見た魔獣がこちらに突進してきたようだ。二、三度ライラに向かって斬撃を繰り出すと、俺の前で移動を止める。
――避けられない!!
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