第16話 見習い(1/3)
シファーのベットはお世辞にも寝心地が良いと言えるものでは無かったが、昨夜は不思議と熟睡することが出来た。全ての原因は手狭なシングルベットに二人の人間が寝たことにあるのだろうが、息苦しい程シャンプーの香る湿った空気に緩やかに意識を奪われる感覚は、良くも悪くも中毒性があり、シファーの言う「清潔な暮らし」のメリットは満喫できたように思う。
「釘を刺すようで悪いけど、見習い騎士はあくまで見習いなんだ」
朝食の後。今日はシファーが朝食の当番だったらしく、台所からは陽気な鼻歌と共に食器がぶつかり合う高い音が響いている。ライラと俺は今日からナスルと行動を共にするという事で、一足先に外出の準備をさせてもらっていた。
「見習い、つまり一人の騎士としてカウントされていないから、戦闘に巻き込まれる事も無いと思う。というか、その傷ではまともに戦えやしないだろうね」
「そうだな、さすがの治療術でもここまでとは……」
腰の骨の粉砕骨折。初めて騎士になった時の傷も、決して軽傷ではない。それを少しの痛みで済ませていた魔法が、今や痛みを抑えきるどころか大きな可動域も確保できない。見習いから騎士と認められるまでに一定の手柄を挙げる必要があるが、こんな状態では当分先になりそうだ。
「そして見習いは半分仲間、くらいの意識だ。つまり半分は敵という事になる。サナはああいう子だから不審な挙動をしたら真っ先に斬りに来るだろうし、ナスルはああ見えて上の言う事には従順だからACCCが君を敵だと認めれば容赦はしないだろうね」
「厳しいな。認めてもらえたんだと思ってたよ」
「あくまでアリーナでの勝負はサナとナスルが決めたことなんだよ。ACCCの総意じゃない。見習いの制度は、ACCCの規定だからね」
「なるほどな……」
「二つ名がついて正式に騎士と認められるまでは、気が抜けないよ」
つまるところ、騎士同士で仲間と認め合っても、ACCCで仕事をするには正式な手続きを踏む必要があるらしい。ライラはベルトとシリンジを調整しながら、指に持っているスイッチをくるくる回す。昨日の戦いを止めた、ライラの秘密兵器。感謝こそしているがダメージはかなりの物だったので、再びこれが使われる事は何としてでも避けたいところだ。
「二つ名!イサムのは何になるんだろうね……ツノ無しの騎士、のまんまだったら嫌だね」
キッチンからシファーが口を挟む。二つ名。騎士が民衆に認められた証。聞いた限りではサナが先導の騎士、ナスルが誠実の騎士と呼ばれているらしい。この動けない期間の噂で腰痛の騎士、なんて呼ばれることになったら酷な話だ。
「さて!そろそろナスルが迎えに来る頃だろう。シファーは来る?来ない?」
「私は今日授業だから、明日から行こうかな!きっと大通りにいるだろうしね」
シファーは手をふきながら答えると、棚から教科書らしきものを取り出してカバンに詰め始めた。俺とライラはシファーに手を振って、先に家を出る。これまでの災難が嘘のように感じる程、ほのぼのとしたいい天気だ。ローブの袖をまくると、ライラはすでに上着を手に丸めている。
「……平和そのものだな」
「もちろん。基本は平和だよ、わざわざ魔女から逃げてたどり着いた、人類にとっての新天地だからね」
朝早いのもあってか、大通りはこの前とはまた違った雰囲気だ。煙をなびかせる工場地帯に足早に向かう人々。道端で屋台の骨を組む人々。店の看板をうらがえし、テーブルを拭いて客を迎える準備をする人々。当事者じゃ無ければ、美しさすら感じる朝の世界。これが自分にもやることがあると途端に憂鬱になるのは、どう言う事なんだろうか。
「最近の事だよ、魔女の活動が活発化したのは。半年くらい前まで、魔獣なんてみんな他人事だと思ってたんだから」
「何かきっかけは有るのか?魔王が侵攻を始めたとか」
「奴はそんな活動的じゃないよ!それこそ本当に存在が疑われるレベルに、城に引きこもっているからね」
「おはよう、お二人さん」
そんな話をしている間に、待ち合わせ場所である小さい緑地にたどり着いた。噴水の縁に腰かけていたナスルがこちらを見つけると、手を振って向かってくる。
「本日より見習い期間を開始する。見習い騎士イサムと、同伴者ライラ。よろしくな」
「ああ、よろしく」
恭しく礼を交わすと、ナスルはニヤッと笑って俺たち二人の肩を叩く。
「災難だな。一年前までは凄く楽な仕事だったが、今から入ってくるお前はそれを知らずに忙しい日々を送る訳だ。同じ給料で」
「繁忙期と閑散期の給与問題を彷彿とさせるな……」
「私から見ればそんなに忙しくも見えないけどね」
「さておいて。これからお前に見せるのは俺の仕事の流儀だ。糧にして騎士人生に励んでくれ」
そう言うなりナスルは、ローブのどこかから不意に、水色の球が棒に刺さった物を三本取り出した。俺とライラに一本ずつ配ると、「それを咥えろ」と言って棒を持ちながら大通りを歩きだす。
「流儀その一!朝一仕事が始まる前に、お気に入りの菓子を買え」
「菓子?」
ナスルは水色の球体を口に含みながら話す。手元の物を見ると、何やら水色の果実が飴でコーティングされた物のようだ。口に含んで少しかむと軽やかに飴が割れ、中からみずみずしいマシュマロのような粘り気のある果実が出てくる。甘酸っぱい香りが鼻孔を満たし、飲み込むと喉が涼しくなる。そこでようやく、飴の部分にミントが入っていることに気付く。
「……美味いな!」
「クラウドベリーか!美味しいね」
「そうだろう!なるべくお腹がいっぱいにならない物を選ぶのがコツだ、昼飯はしっかり食べたいからな」
そう言いながら、ナスルはかじりかけのクラウドベリー飴をぷらぷらと振って大通りをゆっくり歩いていく。美しい織物を売る店に磁器を売る店、ガスランプにタービンのような物を売るジャンク屋から写真のような転写紙を売る魔法の店まで、会釈と軽い日常会話を交わしながら店を巡る。返事を返す店員一人一人の表情から、ナスルに対する信頼の高さが伺えた。
「ここで流儀その二!給与の使い道を考えながら働け」
店巡りの途中、ナスルはおもむろに財布を取り出すと、何やら店員と話し始めた。店員に紙幣を渡すと店頭の大きなボトルシップにSOLD OUTの札が掛けられ、ジェスチャーで「後で取りに来る」と伝えたナスルが満足げに店から出てくる。
「買いたいものが見つかるだけで、勤労意欲が倍になる。使い過ぎたら良く働けばいい。取り置きは初め言いづらいが、そこは騎士の勇気を絞れ」
「騎士の勇気が要るほどの事か?!」
「でも大事だね、報酬を意識しないと仕事をするための人生になってしまうから」
「゛うっ……」
思わず飴が喉に刺さる。いや、何のために働くかなんて人の勝手だ。俺みたいに、働くこと自体に存在意義を見出している人間がいたって、別に悪いわけがない。どちらにせよ生きる理由なんて自己満足なのだ。そう言い聞かせて飴を思い切りかじる。……酸っぱい。
さらにナスルについて大通りを進んでいくと、一際繁盛している店に差し掛かった。色とりどりの砂やガラスの小石、小さなドライフラワーやビーズなどが大瓶に入っており、スプーン一杯当たりの値段が記載されている。見覚えのある瓶やストラップ、チェーンなどもあるようだ。子連れやカップル、試験の話をする学生まで、多くの人が訪れ思い思いの小瓶を作っていた。
「たしかシファーも持ってたよな……こういうの」
「お、イサムはフォーチューン・ボトルを作った事が無いのか?そりゃ変な話だが、騎士ならあり得ない話ではないな」
「フォーチューン・ボトル……?」
「魔法の必需品だよ。と言っても、ここから魔力がわくことは無いけどね」
ライラは首からチェーンを外すと、コルクで栓をした小さなガラス瓶を引っ張り出す。中には星の砂と小さなヒトデ、無造作に詰め込まれた四葉のクローバーが入っていた。
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