第11話 制御不能(2/2)

「今回の戦いで三つの真実が明らかになった」

騎士本部塔上階、サナの私室。

イサムとシファーを家に送り届けた後、ナスルと私……ライラは重要な要件とやらでサナに呼び出されていたのだった。

「一つは瓶の正体。これは悔しいながら愚兄の言う通り、マルキダエルの物で間違いなかった」

「だからそう言っただろ?今度から兄を敬え盲従しろ」

「アホ死ね」

「茶番はいいよ。そんな事のために私は呼ばれたのかな」

 私は口を開けて大袈裟にあくびをする。まるで勘違い系営業マンの私室のような、生活感も好みも見えない見せかけの部屋だ。自分の印象を操作したい、良く見せたいという意図がバレバレだ。

 不器用な女。

「それにしても、もっと部屋を君らしく飾り付けしてみたらどうかな。こんな大会のトロフィーや賞状なんか、君なら取れて当たり前だよ。仕舞っておけばいいのに」

「これが私らしい部屋の在り方だ!!口を出すな、しばくぞ」

「はいはい、サナちゃんは怒りんぼだね」

 しばくぞ、って……。サナの語彙の乏しさに苦笑いしつつ、話を核心に近づけるよう促す。

「それで、二つ目は?」

「お前がベルトに小細工をしていると言う事だ」

「それは俺も気になった。サナは自慢な奴だから、使える魔法とか技は全部俺で試す筈だ」

 そう来たか。きっと最後、稲妻と共にイサムが人間に戻った時の事を言っているんだろう。

……というか、技を試されてるんだ。お転婆な妹を持って兄も大変だなぁ。

私はポケットからスイッチを取り出すと、サナに投げ渡す。昨日作った特製品だ。おかげでイサムにベットを貸した代償として、実験用の寝台に寝ずに済んだ。あそこで寝るのは当の私でも、ちょっと気持ち悪いと思う。

「初めから警戒していたんだ。このタイミングでマルキダエルのレリックが出て来るなんて怪し過ぎるからね」

 不服そうなサナを目線でいなす。

「本来なら恩人としてありがたく思うところじゃないかな」

「私たちの物には入っていないだろうな」

「入れてどうするって言うのかな?モチベがないよ」

「確かに、余程同時に発動できない限り俺たちのどちらか片方が反撃できる……」

「君も君で……サナに対しては相棒だったりライバルだったり、ツンデレだよね。本当に兄妹って感じ」

「違う!!俺にあるのは純粋な愛だ。獅子が子を段差に落としたり、可愛い子にはおつかいをさせよと言うようにだな、何とかこの天狗の鼻をへし折らねばいつか後悔する」

「余計なお世話だ!!馬鹿が!!!」

 うわぁ……とちょっと引きそうになるのを、必死で苦笑いに留める。言っちゃったよ、愛だって。うわぁ……。シファーもこれくらい素直な子だったら、もっと生きやすいのになと思う。ただ、今のあの子のイサムに向ける好意は騎士への憧れの裏返しだろうから、まだ応援する段階ではないけどね。

「とにかく、マルキダエルのベルトって前提でナスルから聞いてたからね。勘違いで魔獣にでもなられたら困るから、仕掛けを用意しておいたんだよ。実際役に立った」

「それでベルトを自壊させるなんて大技を取れたのか」

「そうじゃなきゃ死んでたよね?」

「間違いないな!!止めに入ろうと思った俺の雄姿が台無しだ」

「……お前はイサムの味方だっただろう、クソ兄貴!」

「さておいて。この流れだと三つめはイサムが騎士として認められるかどうかかな?」

 ナスルは首をかしげる。サナも下を向いて首を振る。あれ、違いそうだな。まぁイサム君もあんなに善戦してくれちゃったから、制御下に置けるって証明にはならなかっただろう。それでも、敵として認めるとしたらどうするんだろうか。

「その話は、実は初めから認めようと二人で決めていた。騎士の力は悪事に使えるような物では無いからな」

「じゃあ何のために命を懸けてまで闘ったの?」

「今までのもそうだが、俺の発案だ。力量差を見せつける事で、指揮系統をはっきりさせる。誰も自分より弱い奴の命令には従いたくないだろ?いざ大敵と戦う時のために必要な事だ」

「普通は命を懸ける程リスクは無い筈なんだが……」

 サナは不覚だとも言いたげに俯く。そうだ、あの戦いは私が止めていなければサナの圧倒的な敗北で終わっていただろう。魔女だったマルキダエルと戦った時もそうだが、この子はまだ自分の強さを過信し過ぎだ。

 まぁ、そうさせたのは騎士に完璧な安全を求めようとする民衆なのだろうけど……。

「となると、三つ目ってのは」

「俺も思いついたのは前者二つまでだ。何か大事な事なんだろ?」

「もちろん」

 サナは自身のボトル・レリックを手に取り、光にかざす。桃色の宝石のような荒削りの瓶が、光を屈折して様々な色を映している。

「皆既知の通り、ボトル・レリックは魔女が倒された証だ。それはすなわち、倒された魔女の魂がどこかにある事を意味する」

「釈迦に説法だね!それで?」

「そうだ、次の仕事はマルキダエルの魂を探す事だろ?」

「その必要は無い」

 ボトル・レリック。魔女を倒したとき、落とすとされている魔力の根源。その力を使ってドレスアップし、騎士になるとその魔女の能力を使って戦う事ができる。生物はみな魂と肉体で構成されるが、魔女においてボトル・レリックは肉体に当たるものだ。当然分離された魂と再会を果たせば、復活してしまうリスクがある。だから早急に魂を隔離する必要があるのだ。魔女の墓場、という名の人類最強の結界の中に。

 ――あくまで、伝説では。

 しかしサナは、焦る様子もなく、かといって落ち着くでもなく口を閉ざしている。暫しの沈黙の後ようやく口を開くと、信じられない言葉を口にした。

「マルキダエルの魂の在りかが分かった」

「まさか!早過ぎるだろ」

「なるほど……ねぇ?どこなのかな」

 つくづく思う。この子は本当に勘が良い。きっとその絶大な自信や数々の確信も、その勘の良さというか自頭の良さで裏付けて来たんだろう。しかし、解ると言う事は、対策できると同一ではない。理解できるが何とか出来るだけの器用さはない、それがこの子が未だに垢抜けない主な要因だろう。

 サナは再び口を閉ざす。流石に今回の結論には自信が無いのだろう。しかし言ってくれないと話が進まない。目線で促すとサナは、渋々といった様子で自分の意見を口にした。

「ボトル・レリックの中か……シリンジシステムか。ともあれ、騎士になったイサムのどこかに潜んでいるのは間違いない。そういうお前も、分かってはいたんだろう」

「どうかな」

「それこそあり得ない話だぞ、サナ。魂とボトルが接触したら、魔女は復活するんじゃなかったのか」

「落ち着いてナスル。まずはサナがどうしてそう思ったのか聞こうよ」

「根拠は無い。が、確信はある。あんなに戦闘に興味なさげだったイサムが、追い詰めた途端に豹変した。後半、あいつは戦いを楽しんでさえいた。あの傷だらけの体の持ち主が、あそこまで戦いを楽しめるものか」

「まぁ私もそう思ったから止めたわけだし」

 私はサナからベルトの起爆スイッチを取り返すと、指を入れてクルクルと回す。

「言い訳になるけど、確信ではなかったんだ。確かめる必要があった。ボトルにマルキダエルの魂が入っているのは、これで立証された訳だ」

「しかし、俺としてはなぜ復活が起きないのか謎だな」

「それは謎だ。注視する必要があるな」

 ボトルにマルキダエルの魂が入っているのは知っていた。知っていたが……何せ前例がない試みだ。どんな影響が出るのか定かではなかった。干渉が起こるのか、復活の機会を与えてしまうのか、はたまた乗っ取られるのか……。見ていた様子だとイサムは意識を保ち切ったようだけど、完全に制御下に置けるようになるだろうか。

 今後が楽しみだ。

「これからの事だけど、私は起爆装置を仕込んだベルトで様子見するのが良いと思う。彼の勤務には私が同行し、危機になれば抑止する。マズい局面になったら君たちを呼ぶ……って感じで、どうかな」

「やけに乗り気なのが癪だが、私も同じ意見だ。下手に魂を分離しようとして戦いにでもなれば、この都市が終わる。落ち着いてくれているなら野放しもやむを得ないだろう」

「俺も概ね同意だ。しかしあいつには騎士という物を教えなければならん。初めの数回は同行させてもらうよ」

「もちろん。仕事のいろはを教えてやってくれ」

 二人の肩をポンとたたく。二人が納得気に頷いたので、ここで話は終わりだ。とにかく、イサムを騎士として認めないだなんて事にならなくてよかった。私を信頼し従う騎士は必要だ。

 ――今後の研究のためにもね。


 ナスルと二人部屋を去ろうとすると、サナが袖を引く。なんだ、まだ怪しまれているのかな。ナスルには用事があるとだけ言って部屋に二人きりになると、周囲に私たち以外居ないことを確認し、サナは机の横のタイルを踏んだ。

「私らしくない部屋だと言ったな」

 低い音を立てて棚や壁が回転し、無機質な部屋が可愛らしく飾り付けられた空間に変わっていく。トロフィーや賞状はぬいぐるみやポスターに、革のソファーはふかふかの毛皮に変化して、匂いさえミント系からシトラス系のカジュアルな物になったようだ。

「おぉ……これはまた手の込んだ仕組みだね」

 ――いや、そこまでする?普通……。体面を気にする立場にも同情するが、この子のエネルギッシュな生き方は到底見習えそうにない。面倒くさいじゃん、私みたいにどちらかを諦めるのが主流な考えだと思う。雑然とした地下室を思い出し、掃除のためだけにシファーの立ち入りを許可するか本気で悩む。

「しかし、君らしいと言えば最も君らしいね……」

「そうだろう。先生にはそこを勘違いして欲しく無かったんだ」

 周囲から求められれば、しっかりと応じる。しかし自分の好きは絶対に譲らない。そこの両立を要領よくやってのけるのが彼女だった。昔からだ。幼い頃から、育て役の言う事も守りつつこっそり自分の好きなこともやっているタイプだった。

「先生?懐かしい呼び方だね」

「気のせいだ。ライラと呼んだつもりだ」

「ふふ、強情だね」

 ゆっくりとサナの髪を撫でる。なんでも無いように会話をしているが、あんな戦いの後だ。流石にさらさら自慢のポニーテールも汗で固まり、指の通りが悪い。手櫛で髪を整えていると、サナはまるで撫でられている猫のように恍惚とした表情を浮かべる。

「私が帰ったらすぐシャワーを浴びた方が良いよ。自慢の髪が痛んじゃう」

「無論そのつもりだが……先生だけには言われたくないな」

 無邪気に笑うサナ。「私は運動しないから良いんだよ」と返すと「それもそうかもな」と珍しく考え無しの台詞が帰ってきた。相当疲れているんだろう、マルキダエルの魂が入ったボトルのリスクを警告せず、検証のためにサナと戦わせたことを申し訳なく思う。

「そうだ先生、昼間の女性の事、どう思う?」

「ああ、あの何か勘違いしていそうな婦人の事か」

 イサムの事を自身の息子だと主張し、そっくりな容姿を魔女の仕業とさえ言い放った女性。魔女が人の見た目を変えるなんて前例がないし、出来っこない。それをあの調子できっと吹聴して回っているのだ。

 ――まぁ、騎士に任せれば良い話だ。

「なんとかしないとね……」

 うわの空の返事だけ返して、私はこのひと時をもう少しだけ楽しむことにした。

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