第9話 茶番(5/5)

サナは深く息を吸うと、シリンジのトリガーを押した。突如響く警告音。長いスカートを素早く蹴り上げると、その美しい太ももを露わにする。

ベルトだ。

太ももに、俺のものと同じようなベルトが巻いてある。

「ドレス・アップ」

《VISOR… FLIP DOWN!!》

アリーナを揺らすほどの轟音。ベルトに突き立てられたシリンジが、途中で倒れてベルトと一体化する。脈打つベルトから光のかけらが舞い出て視界を塞ぎ、やがて眩いほどの光の中から一人の騎士が姿を表した。

《Virgo… Powers…HAMALIEL!!》

二本のツノ。

先導の騎士、メディル・サナ。

白い外骨格が、光を跳ね返して桃色に光る。元の体格の二回り、いや三回りは大きいだろうか。元々の風格が既に威圧感があっただけに、放っている迫力が半端ない。立っているだけですでに心を折られそうだ。

「どうした」

アリーナの中を風が吹き荒れる。風の中心点から、圧倒されている俺に向かってサナが語りかける。

「生身で戦うつもりか?」

「クソッ……!!」

足が震える。シリンジを持つ手に力が入らない。騎士とはこれほどの気迫なのか。指一本すら触れられていないが、もう勝てる気がしない。あれと敵対するのか、あれと……

「何をしている、イサム!!トリガーを押してベルトに刺すだけだ!!」

ナスルが叫ぶ。その声に応えるように、一歩後退ってシリンジを構える。やるんだ。どちらにせよ戦う道しか残されていない。しかもこれは練習試合だ。この世界で余所者の俺が居場所を得るためには、きっともっと沢山の強敵と対峙する事になるだろう。汗が腕を伝う。シリンジをゆっくりと持ち上げ、トリガーを押す。

「やってやるよ……!!」

《……away. Caution!! Stay away. Caution……》

シリンジから針が飛び出し、警告音が会場に反響する。後ろのナスルが後退って距離をとる。シリンジシステム。ACCCが開発し、ライラが作ったシステム。騎士には一度なった訳だが、未知のシステムを身体が恐怖し、受け入れない。

「差し込んで倒すんだ、イサム!」

「……ああ!!」

恐れるな。いつまでもシファーやライラに世話になる訳にはいかないんだ。この世界だって、自分自身の力で生きて行かなくちゃいけない。どんな縁か騎士の力を得た。得た力を生かさないなんて、愚かが過ぎる。

「ドレスアップ!!」

俺は震えを払うように叫ぶと、シリンジをベルトに突き立て、横に倒した。

《VISOR… FLIP DOWN!!》

その瞬間、周りの全てが固まったように見えた。

風で舞っていた落ち葉がゆっくりと目前を通過し、腰下から視界が曇っていく。軽い筋肉痛のような痛みが走り、肌から鱗状の黒い突起が飛び出ては重なって装甲を形成する。鱗が頭まで上がってきたかと思うと一気に視界がクリアになり、時間がいつも通りに進み始めた。

《Aries… Seraphim… MALAHIDAEL!!》

「やはりか!!」

ナスルが叫ぶと同時に、サナが舌打ちをする音が聞こえる。何だ?何を確かめたんだ?よく解らないが、サナの気迫が倍以上に増しているような……。

「手は抜かないと言ったな」

「…………言った」

「少しは楽しませろよ?」

首をポキポキと鳴らすサナ。いきなり両手を横に広げると、太もものベルトから舞い出た光が集まって二本の短剣が現れた。

「ずっっるく無ぇか?!」

「行くぞ」

サナの姿が消える。背後に気配を感じて前に飛ぶと、背中が鈍い音を立てて火花を散らす。一瞬のうちに斬撃にあったようだ。振り返って間合いを確かめるが、当たった部分がズキズキと痛む。魔獣の比較にならないくらいの強さだ。

「甘いな。そんなものか」

「クソッ!!」

サナは両手剣をカマキリのように逆刃に構える。武器を用意する方法なんて微塵も分からない。なけなしの拳を構え、戦闘態勢をとる。

「武器が有るからといって騎士相手に特段メリットは無い!惑わされるな、お前のスタイルで戦え!!」

「ああ……!」

余裕に構えるサナ。両手剣だ、間合いも読めている。懐に潜り込めば一打を与えられるはずだ。軸足に重心を乗せ、一気に踏み込む。なんだ、隙だらけじゃないか。一瞬の隙を見て拳を固め、サナの横っ腹に豪快な一打をお見舞いする。

「……グッ!」

激しい打撃音。しかし、声を出したのは俺だった。目の前にサナの姿は無く、もう一撃の準備をしようとするが、拳が動かない。

「この拳が、どうなる算段だったんだろうな」

見ると背後から伸びるサナの手が、俺の拳を優しく包み込んでいる。俺に覆い被さるように動きを封じるサナが、戦意を削ぐような甘い声で耳元で囁く。

「残念だったな、一撃すら与えられなくて」

背後から鋭い膝蹴り。なす術もなく直撃を喰らい、大きな音を立ててアリーナの端から端まで吹き飛ばされる。背骨が鈍く痛む。魔獣との戦いと違い、攻撃がダイレクトに効いて来ている。まるで生身で熊と戦うような無謀さだ。起きあがろうとする間も無く、サナが倒れている俺に馬乗りになり、もう一打を加える。

「手を抜かずにそれって、兄貴より弱いんじゃないか?残念だったな兄貴、期待外れだったようだ」

「そうかもな」

「イサム!!」

遠くからシファーの声が聞こえる。霞む視界を向けると、シファーが柵を乗り出して必死に応援してくれていた。横ではライラが、何か楽しげな様子でこちらを見ている。

「サナさんも非道いよ!手加減くらいしてあげてよ!!」

「残念ながら、これでも私の力の二%だ」

「強がるねぇ」

ライラが笑っている。何の笑みだ?あれは……考える間もなく先ほどのサナの打撃がじんわり効いてきて、口の中が鉄の味に染まる。

「さて……もう抵抗もできないだろうが」

サナはゆっくりと立ち上がると、不気味な構えを取る。これ以上戦える傷ではない。受け身や防護すら取れる状態じゃない。そんな状態をあざ笑うかのように、彼女は次の攻撃を撃とうとしている。

「我慢は誰にでもできる。本当に大事なのは、死の直前にどう抵抗するかだ」

そう言うなりベルトのシリンジを立てると、再び横に倒した。何だ。何をする気だ……?

「ボトル・ブレイク」

《Virgo… PHASE: DEICIDE!!》

「避けてイサム!!」

シファーの叫び声。サナのベルトが脈打つように鼓動し、光が構えた短剣の先端に集中していく。避けようと思って腰に手を添えるが、既にうまく力が入らない。初めて見る攻撃だが、当たったらマズい事くらい一眼見れば分かる。これでどう瀕死で留めると言うのか。これで死ぬほどの騎士なら仲間でも要らないと言う事なのか。

「…………ッ!!!」

サナは容赦なく短剣を振り下ろした。アリーナ中に爆音が反響する。しかし、想像していたような鈍い音ではない。高い音だ。何かが、弾かれたような。腕にビリビリとした振動を感じながら、俺は咄嗟に閉じた目をゆっくりと開いた。

「寸止めするつもりだった……が」

サナがもう一段手に力を込める。その感触が腕に伝わってくる。震えるサナの剣先を掴んでいるのは、他でもない俺の腕だった。俺の反射神経ではない。剣先は愚か、振りかざす腕の予備動作すら見切れなかった。

「そこでこれを止められたとなれば、その実力は認めざるを得まい」

さらにサナは力を込める。常人では止めきれない力なのは、地面にめり込んでいく俺の背中が物語っている。しかし俺の腕はびくともしない。それどころか、サナの剣を押し返しつつある。

ベルトが唸っている。不自然な振動だ。ノイズともとれるその振動が、不意に、言葉の形を成して思考に割り込んできた。

『癪な話だが、私は敗北が何よりも嫌いなんです』

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