第8話 茶番(4/5)

「あれ私たちが屋台に寄ってなかったらどうなってたんだろうね……」

シファーが言い争いを思い出したように呟く。

「ACCCに来いって言ったのはあっちなのに」

「まぁいつもあんな感じかな。ACCCに用事ができると、付き人が呼び戻しているみたいだ」

ライラもあんなことがあった後なのに、嫌に飄々としている。恩人を疑ったまま過ごすのも忍びないので、なぜ疑われているのか思い切って聞いてみると、意外にもライラは快く答えてくれた。

「さっきも言っていた、シリンジシステムの事だろうね」

「ACCC……騎士会社が作ったものなんだろ?それ」

「その通りだよ」

ライラは俺からシリンジを取り上げると、太陽の光にかざす。水晶の円柱から伸びた白銀の線が、透き通るように光を通して輝いている。

「これは大昔、魔女戦争の時代に開発されたシステムなんだ。最近まで未知のオーパーツとして、ボロボロに壊れながらも修理すら出来ずに使われてきた。もちろん新しく作るなんてもってのほか」

「それの壊れたのを貰ったライラが、なんと完璧に修理しちゃったんだよ!それに加えて新しい騎士のために追加でベルトも作っちゃった。だからみんな信じられないんだ」

「それで頭が良すぎるだけ、って言ってた訳か……」

「まさしくその通りだね」

ライラは得意そうに耳に髪をかける。

「天才ゆえの天災、ってとこかな」

「げぇ……全部台無しだよ……」

呆れたように舌を出すシファー。ライラは可笑しそうだ。俺も思わず感心して、声を出して笑ってしまった。

「おや!駄洒落がツボかな」

「そう言う意味じゃない!スベりに弱いだけだ!」

「やめてね!ライラ調子に乗ると面倒くさいんだから」

頬を膨らますシファー。そんな他愛ない話をしながらも、着実に足は進んでいく。

大通りを進んでいくとやがて商店もまばらになり、高層建築が広がり始める。建物のあちこちからは蒸気や怪しい光が漏れ出し、いかにも違う世界であることを意識させられる。ただ、皆が働いてお金を得ているのはどこの世界も変わらないようで、様々な制服と思しき服を着た人々が労働に汗を流していた。

「ここの一番奥、大通りの中心がACCCだよ。地下には魔女の魂を封印していると言われる、魔女の墓がある」

ライラは大通りの真正面を指さす。見ると、そこには一際大きな塔が聳え立っていた。デザインを凝りに凝ったような美しい建物で、アーチ状の柱がねじれ上るように一つにまとまって天空に伸びている。周囲の増改築を繰り返したような雑多な建物とは雲泥の差で、蒸気を吹き出す配管も無骨なダクトではなく壁面に自然に配置されていた。

「周りが庭園になってて、一般人にも解放されてるんだ!そこにアリーナもあるんだよ、普通はスポーツに使われるんだけどね」

「建物は用事がなきゃ入れないのか?」

「そんなことないよ!一階には統治事務局、展望階にはレストランもあって、ちょっとしたお土産物屋さんもあるくらいだよ」

「でけぇ都庁みたいなもんか……」

別にこの世界では、騎士は強くても独裁とまでは行っていないようだ。あそこまで力の差が歴然としていれば、騎士が武力を振るえば皆従いそうなものだが。そんな悪人はいなかったのだろうか。

「なぁ、この国って誰が治めてるんだ?」

「イサムは政治に興味があるのかな?残念ながら私にはさっぱりだ」

ライラは遠くの空を見て首を横に振る。「興味が持てなくってね」

シファーもその質問には困り顔だ。庭園の植え込みから花を一本ちぎると、ゆらゆらと揺らしながら難しそうな顔をしている。

「あえて言うならばシステム……になるのかな?」

「システム?」

「そう。表立ってこの人が治めてる、って人はいないかな。その時々に情勢にあわせて、騎士団が動くんだよ」

「なるほどな……」

分かったような分からないような曖昧な気分だ。日本における三権分立みたいに、きっとどこかで権力の集中が防がれているのだろう。別に俺とて政治には興味のきの字も無いので、話はここで留めておくことにした。

「そろそろアリーナだよ!絶対スポーツじゃないことは確かだから模擬戦とかだと思うけど、相手は騎士だからそんなに酷い事はしないと思うな」

「それはどうかな」

ライラは不気味な笑みを浮かべる。

「そんなに紳士的な相手だったら、私の事を斬ろうとはしなかっただろうね」

「斬られそうになったの?!誰に?!いつ?!!」

「おっと!これは秘密だったかな」

意味深なはぐらかし方をするライラ。本当に騎士に疑われているようだ。きっとさっきの流れを見るに、斬ろうとしたのはサナだろう。

「ともあれ、用心に越したことは無いよ。シファー、出来る限りイサムの傷を直してやって欲しい」

「わかった!頑張ってね、イサム」

シファーはまた俺の腰に手を当てる。歩きながらだからなんだかこそばゆい。そうして三人でもつれるように歩いていると、アリーナの入り口に白いローブの人影を見つけた。

「イサム!よく来たな」

「よろしく、ナスル」

ナスルと熱い握手を交わすと、シファーたちと別れてアリーナの中心に誘導される。シファー達は観客席で様子を見るらしい。噂を聞きつけてか、すでに多くの人がアリーナの客席に入っていた。

「端的に話そう。ここで君はサナと戦う事になるが、勝たなければならない」

「戦うって、どの程度だ?」

「本気の本気だ。殺し合い位の気持ちでいけ」

ナスルは物騒な事をいうと俺の肩を掴み、腑抜けた笑みを浮かべる。

「本来ここで行われるのは、見せ物のバトルだ。サナがお前を瀕死まで追い込むことで、敵であっても制御下における事を証明する。あいつはべらぼうに強いから、それでいつもならなんとかなる」

なるほど。敵でない証明、というのは敵にすらならない証明、という訳か。それを民衆にも見せる事で、民衆にもどちらが強いかを証明する事になる。良い作戦だ。

しかしナスルは、よりニヤけた稚拙な笑みを浮かべて続ける。

「しかしだ。ここでお前がサナを倒し、そのお前を俺が倒したらどうなる?俺の時代の幕開けだ。最高じゃないか!暁には、俺の半分の給料をお前にやろう」

「思ったよりチャチな仲間意識だな!」

「まぁそう言うな。俺はとにかく、お前を全力でサポートする。この作戦の成否に関わらず、あいつの陣営には付きたく無いからな」

ナスルは俺の背中を強く叩く。つい前のめりでマウンドに上がると、大歓声が会場を包み込んだ。すごい観客の量だ。それだけサナの人望が厚いのかも知れない。より本気で戦おうとするのが申し訳なくなってくる。

「ただ、一つ忠告がある」

ナスルが今までと打って変わったような真剣な声色をするので、つい振り返った。ナスルは俺の後方で待機しながら、自分のシリンジを眺めている。

「サナはお前を文字通り瀕死に追いやるぞ。そうで無ければ人間の本性など、見極められないからな」

「……了解した」

「全部聞こえているぞ、クソ兄貴!!」

いきなり大きな声がアリーナ中に響き渡る。鋭い衝撃音とともに、土埃が会場を穿つ。徐々に晴れた視界の先にはサナが立っており、そこから一直線にナスルの面前まで地面が割れていた。

「何てパワーだよ……」

これが騎士の力か。そう思って顔を上げるが、サナの格好はさっき見たものと寸分の違いも無い。

――って事は、騎士にならずに素の能力でこれかよ!!

「さて、ツノ無しの騎士……もとい、イサム君。今日はよく来てくれた」

アリーナの端から端、対角線上まぁまぁな距離があるのに、サナは非常に通った声で話す。スピーカー無しに椅子を揺らすほどのその声量に、沸いていた観客も一斉に静まる。

「君の潔白を証明する方法はただ一つ……私との模擬戦でその能力を示す事だ」

聞こえは良い。しかしここでサナを負かしたところで敵味方なんて判る筈も無いから、メッセージは明白だ。

私が負ける筈など、無いと。

できれば苦痛も相手を傷つける事も無く終わりたいが、相手にとって自分は守ってきた物全てを破壊する敵かも知れない訳だ。こちらとは取っているリスクが違う。慎重にならざるを得ないのも当然だ。

「私はこの通り、騎士にならずともお前をひれ伏せる自信がある。ただ、ここではリスクを取って騎士として戦わせてもらう」

「……あんまり痛いのは勘弁してくれ」

「善処する」

どうせ負けなきゃ未来はない。しかし、自分が死にそうになった時に、俺は本当に抵抗なく居られるだろうか。それだけが気がかりだ。

「何を負ける気でいる!イサム!!お前が勝つんだ」

そうだ。俺は負ける。どうせ負ける。しかしここで唯一与えられているのは、負けるまで足掻く権利だ。足掻きもせずただ負けて、抵抗なくいられるだろうか。いや、否だ。

「サナ!……一応手は、抜かない」

「面白い……!!!」

サナは地面を蹴る。巻き起こる砂煙の中、サナのボトルがシリンジの中で儚く桃色の光を放つ。まるでペンでも回すかのようにそれを回転させると、シリンジは美しく手の中に収まった。

「やろうか」

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