第7話 茶番(3/5)
「アワド!!!アワド!!!!!!」
悲鳴に近い叫び声。その場の空気が凍りつき、誰もが留まって息を殺す。悲壮感を浮かべた初老の女性が、叫びながら観衆をかき分けてこちらに向かってくる。
「アワド!!良かった!!!本当に良かった!!!みんなもう諦めろって…………」
観衆が途切れるなり女性はこちらに駆け寄り、なんと俺に抱きついた。状況が読み込めない。皆も突然の展開に呆気に取られ、沈黙を保ったままこちらを注視している。
「ご婦人、どうなされた?」
ナスルが女性の肩を叩く。女性はふるふると首を振ると、枯れかけた声で答えた。
「ずっと!ずっと帰ってなかったんです……このバカ息子が、一ヶ月も前に家を出たっきり!一体どこをほっつき歩いてたのだか」
「確かに尋ね人の受け付けで似たような顔を見たな」
サナが首を傾げる。心当たりがない。というか、俺は昨日この世界に来たばかりだ。一ヶ月も前に失踪した人間のことなんて、知る由も無い。ナスルが苦笑いをする。
「ご婦人、残念ながら人違いのようだ。この男はライラ教授の親戚で、きちんと戸籍登録もある。今朝調べさせて貰った」
「そんな馬鹿な!」
女性は震える手で俺を掴む。戸籍登録?不思議に思ってライラを見ると、ライラは唇に指を当てた。どうやら、立場を保証するために偽装工作まで行ってくれたようだ。正しい事なのかは判らないが、至れり尽せりで頭が上がらない。
「そっくりにしても、ほくろの位置まで同じなんて事あるわけ無いです!このシャツだって、五年前の誕生日の時私が……」
女性は叫びながら顔を上げる。すると、不思議そうにしている俺の顔を見るなり、目を見開いて手を投げ出した。
「私の息子はこんな顔しない!!私に向けて、こんな、初めて会うみたいに……!!」
女性は尻餅をついて後退る。
「魔女!!!魔女の仕業だ!!!化けてるんだわ!!それか、彼の見た目を変えたんだ!」
「お気を確かに、ご婦人」
サナは真剣な顔で女性の手を取る。もう片方の手で首元を探ると、桃色の宝石のような小瓶を取り出す。
「ボトル・レリック……騎士になるためのボトルだ。みなが持っているフォーチューン・ボトルの元になった物だが、これは近くに魔女が居ると反応する」
ボトルを掲げると、俺に振りかざす。ボトルは太陽の光を受けキラキラと輝いたが、特に変わった様子はない。
「この通り、彼はただの人間だ。魔女は自分の姿を自在に変えられるが、人の姿までは変えられない。貴方の勘違いだ」
「そんな、そんな…………」
項垂れる女性。ナスルが部下を招集すると、女性を優しく起こす。
「我が社の療養施設がある。魔女災害の被害者はそこで休めるから、心安らかに続報を待つと良い。息子は我々が捜索しよう」
「おかしい……そんな筈が……」
女性はナスルの部下に肩を貸してもらうと、移動魔法のような物で姿を消した。ほんの数分の出来事だったが、辺りは暗い雰囲気に満たされてしまった。
しかし、直前まで下らない言い争いをしていたのが嘘のような、慣れを感じさせる落ち着いた対応だった。これが騎士というものか。治安維持という職務においては、元の世界の警察のような物なのかも知れない。
「流石だな」
「何を終わったような事を」
ナスルは呆れ顔をして振り返る。「お前の言い分を聞いていないだろう」
サナも顎に手を当てて何か考え事をしている様子だ。女性に対する落ち着いた態度は、安心させるための体面だったのかも知れない。
「心当たりは何も無いけどな……」
「そこが問題だ。我々とて無いのだ、少しでも情報を集めたい」
頭を抱えるナスル。サナは何かを諦めたように首を横に振ると、ローブのフードを外してこちらに向き直った。
「申し遅れた。私はACCC騎士隊長、メディル・サナだ。東統府の治安維持を担当している。ツノ無し君、名前は」
サナはさっきからの態度から手のひらを返したように、丁寧にお辞儀をした。俺もつられて深々と頭を下げる。
「幕安勇武、ライラの親戚だ。よろしく頼む」
「その肩書きはどうだかな」
サナはフッと鼻で笑うと、顔を上げて鋭い目でライラを睨む。
「教授の事だ、やろうと思えば偽装だって何だって容易いだろう」
「相変わらず随分と買ってくれているんだね」
サナの鋭い眼差しとは対照的に、緩やかな微笑みを称えるライラ。まるで挑発するかのように、サナの前で小包をプラプラと揺らす。
「ご注文の品だよ」
「感謝する、が。お前が人への愛を捨てた時、私はお前を斬るからな」
「おお〜怖いね。そういえば昔から君はそういう子だった」
何やら不穏な雰囲気だ。今は見る限り協力関係にあるようだが、まるでサナはライラを信じていないらしい。いつまでも疑問の目を向けるサナに、ライラは歯牙にも掛けないと言った様子だ。まるで、自分は全く謂れが無いかのような。
「何かあったのか?ライラと」
「古い知り合いでな。私はこいつが魔女だと思っているが、ついぞ瓶は反応した試しが無い」
「無知というのは恐ろしい物だね。こうやって理解できない物を容易に敵対視する」
やれやれ、とライラは首を振る。いきなり飛び出た魔女と言う言葉に、シファーの言葉を思い出す。この街の人々は、魔女だと思われるのを恐れて魔法を使わない、と。ライラとサナの間にも、疑わしい出来事が何かあったのかも知れない。
「サナさんもそんなに言うこと無いと思うな!ライラは頭が良すぎるだけなんだよ」
「まぁ今はいい。教授が一枚噛むと解決が難しくなる」
サナはシファーの反論を一蹴すると、再び俺に向き直った。
「イサムと言ったな。本当に心当たりが無いのなら、これは由々しき事態だ。撹乱目的か間違いか、とにかく目的は分からないが魔女が意思を持って動いている確証になる」
「魔女は意思を持たないのか?」
「意思は持つ。個々ではな。ただ、殺人や事件性のある行動は衝動によって起こされ、目的は無い」
「魔女災害、と言うくらいだからな」
先ほどまで黙って様子を見ていたナスルが口を挟む。
「俺達は魔女による犯行や魔獣の解放を、自然災害と同列に制御不能のものとして対処していた。それがここ半年になって妙な規則性が現れ、行動が活発化している」
「今回の事件に目的があるなら、混乱を生んで騎士を妨害するための記憶改変か、直接騎士を仕留めようとしてそっくりさんを殺害か、ってとこだろうな」
サナは悩ましげに唸る。
「本来なら、敵か味方か分からない君とは見極めるまで距離を置きたい。ただ今回君が狙われているとしたら、また仲間割れや混乱を誘発しているのだとしても、別行動は得策ではないな」
俺は何も分からずこの世界に放り込まれた。味方かはともかく、敵になる理由は一ミリも無い。寧ろみんなに手厚く扱ってもらった恩も返し切れていない。何より居候の身だ。働かせてもらえて立場が保証されるなら、それ以上の安心は無い。
「なぁ、何か無いのか。俺が敵じゃないと証明する方法が」
「ほう、騎士にしては下手の提案だな」
サナは少し機嫌が良さそうな顔をする。
「普通騎士というのは無意味に傲慢で自信過剰、皆を見下しているものだ」
簡単になれる物では無いからな、とナスルが吐き捨てる。その言葉から滲む苦労が感じ取れた。きっと厄介な騎士に手こずらされたのだろう。
「方法はある。その前にこれを渡しておこう、いざという時の為にもなる」
サナはライラから小包を受け取ると、そのまま俺に受け流した。ライラが軽々持っていたにしてはずっしりと重みがあり、不意に取り落としそうになる。金属の重みだ。ひんやりとした触覚が、包み越しに伝わってくる。
「シリンジシステム……我が社が開発した、ボトル・レリックの悪影響を最小限に抑え、騎士の最大限の力を利用できるようにする物だ。ボトルを腰に当ててドレスアップしたと聞いたから、腰に巻くベルトとして用意させてもらった」
包みを開くとその言葉の通り、金属で出来たゴツいベルトのバックルと太い注射器のようなものが入っていた。ベルトは美しく白い塗料でコーティングしてあり、所々入った白銀の線が宝石のように光を跳ね返している。注射器のようなシリンジは同じく白く塗装された金属で、水晶のような円柱部分から向こうが見渡せる。末端はスイッチになっているようだ。
「これは……?」
「使い方は後で説明する。敵でない証明の仕方もその時に教えよう。一時間後、我が社のアリーナに集合だ。事情が事情だ、早い方がいいだろう」
そう言うなりサナは、催促するようにナスルの背中を叩く。ナスルは頷くと、「その間に先の件の解明は進めておく」と言い放つなり、俺にこっそり近づいてきて耳打ちした。
「……君の立場はどうあれ、今から俺の味方だ。最善を尽くせ」
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