第4話 ツノ無し(4/4)

むかしむかし、この世界には魔王と十二人の魔女がいました。

みんなは幸せに暮らしていましたが、ある時人間が魔王の暮らしを羨ましく思いました。

人間は魔王の城に忍び込み、魔法を盗んで人間にも使えるようにしました。

魔王は怒りました。それがきっかけで、人類と魔王の長い戦争が始まりました。

人間はあまりにも弱すぎました。魔法を覚えたての人類では、魔王には歯が立たなかったのです。

何人もの人が亡くなりました。そのうち魔王は城に引き篭もり、魔女たちだけに戦争を任せるようになりました。

人々は一人だけでも魔女を殺すために策を練り、みんなで一人だけの魔女を狙うことにしました。作戦は成功して、魔女は十一人になりました。

そこに一人の騎士が現れました。騎士は一人だけでしたが、魔女と互角に戦えるだけの強さを持っていました。彼は長い戦いの末、魔女を一人倒しました。すると、また一人騎士が現れたのです。

そうして魔女が倒れるたび騎士が増え、八人の魔女が姿を消したところで、また一人の騎士が姿を表しました。

不思議なことに、その騎士にはツノがありませんでした。

その騎士は人々の言うことに耳を傾けず、戦争に参加するなり他の騎士に刃を向けたのです。ツノなしの騎士は、なんと魔女の味方でした。

ツノなしの騎士はそれはそれは驚くほどの強さでした。早々に二人の騎士を葬ると、また二人の魔女を復活させました。ツノ無しの騎士は人間に恐れられ、人々は住む土地を退いて魔女のいない安住の地を探すことにしました。

やがて安住の地は、海の向こうに見つかりました。人々は平和を守る騎士たちを讃え、魔女の墓を中心に街を作り、長い平和が訪れました。

騎士は今でも、平和を守るために戦っています。


「おしまい」

ライラは本をパタンと閉じると、顔を上げてくすっと笑った。ライラの声はあまりにも優しく、眠気を誘うものだった。その証拠にシファーは、俺の怪我など気にする素振りもなくがっつり寄りかかって寝てしまっている。

「大体わかったかな。これ以上細かく説明しても学術的で面白くないから、読み聞かせぐらいが丁度良いと思って」

「ありがとう……助かるよ」

正直、もう少し長かったら俺も夢の世界に誘われていただろう。温かいシファーの寝息が、また眠気をそそる。

「もちろん授業レベルでも解説できるから、知りたくなったら言ってくれ」

「絶対寝る自信があるから、お断りしておこうかな」

「チョーク投げは得意だよ」

「勘弁してくれ!」

ライラは笑って立ち上がると、シファーを軽々と抱き上げた。

「これからシファーを二階に運ぶけど、君はどっちのベットがいい?私と一緒か、シファーと一緒か」

「このソファーで十分だよ」

「駄目だよ」

「駄目?!」

悪戯な笑みを浮かべるライラ。愛おしそうにシファーを見つめながら、まるで赤ん坊をあやすかのように揺らしている。

「せっかくこっちの世界に来たんだから、楽しんでもらわないと」

「その楽しむ、ってドラクエの宿屋の価値観だろ?」

「冗談だよ。ともあれ、腰が痛いのにソファーで寝るのはしんどいよ。気にしないなら私のベットを使っていいし、シファーはああ言うけど私のベットに寝かせても怒らないから、シファーのベットでもいいよ」

ああと言うのは、シファーのライラに対する不潔呼ばわりの事だろう。しかしシファーは気にしているが、俺がライラに嫌悪感を抱くことは全くなかった。というか寧ろ、オイルで手入れしたような纏りのある美しい髪、湿り気を帯びた柔らかそうな肌など魅力的に映るのだ。

……俺がおかしいのか?

「気にしないけど、ライラは良いのか?申し訳ないな……」

「いいよいいよ。実は私、地下室にひとつシファーに内緒のベットを置いてるんだ」

そうと決まったら、とライラはシファーを二階に運んでいく。しばらくして扉を閉める音が響くと、戻ってくるなり俺をひょいと抱き上げた。

「いや、待て!多少痛むだけだから……」

「そうは言っても、怪我人を歩かせるほど鬼じゃないよ」

「かたじけない……」

「ふふ」

ライラは俺を抱えたまま、器用に足で扉を開く。彼女の部屋は綺麗に整ってはいたが、必要最低限のものしか置いていなさそうなシンプルさだ。きっと寝る時にしか使っていないのだろう。それにしては予想に反するカーテン付きのベットと、美しい燭台にサイドテーブル。まるでお姫様の部屋を彷彿とさせるものだった。

「本当に悪いな」

「いいんだ。後ろめたさを感じるくらいなら、家事をやってくれればいいよ」

「任せてくれ」

俺をベットに横たえると、丁寧に布団をかけてポンポンと叩く。叩かれた布団から、ふわりと良い匂いが漂ってくる。ベットは飛び跳ねても底がつかないほどふわふわで、住んでいたワンルームのマンションに置いていたスプリングが軋むベットなんて比べ物にならなかった。

「とにかく、今日はいろんな事があって疲れているだろう。ゆっくり寝なよ」

「ありがとう、おやすみ」

「おやすみ」

静かに扉が閉まる。月明かりに目が慣れて、風景がモノトーンに変わる。未だに信じられない。何がって、自分がこの世界の住人では無かった事がだ。まるでずっとここに住んでいたかのような、来てから数時間だとは思えない安心感。それもきっと、シファーとライラの優しさ、包容力のおかげだ。

「幸運だったな、俺……」

ポケットの中から瓶を取り出す。月明かりを反射して、瓶は淡く光を放つ。騎士とは何なのだろうか。こんな瓶で、なぜ姿が変わるのか。シファーも瓶を持っていたが、何が違うのか。そういえば、さっきの騎士メディル・ナスルが会社に来いと言っていたな……

明日、シファーに聞いてみよう。

「眠……」

寝返りを打つ。ライラの枕だ。シファーの言う通りならきっと臭いのだろうが、顔を埋めてみると胸いっぱいに良い匂いがする。

さっき抱えられた時、緊張と申し訳なさで何も感じなかったのが悔やまれる。

良い匂い。

安心する匂い……

そのまま俺は抗う術もなく、幸せな眠りへと落ちていった。


「均衡が崩れた」

夜が深まり、空気が肺に染みる頃。白いローブの人影が二人、足早に塔へ向かっていく。

「お前が私に頭を下げるとは、余程の大事だな」

「今日はいがみ合いは無しだ。一時停戦と行こう」

「そもそも私は、お前と争っているつもりは一切無いが?」

「そういう所だ」

仰々しい音を立てて塔の入り口が閉まる。人影が円の床で止まると、圧縮空気の抜ける音と共に床が階下に下がっていき、新たな床が現れる。

「部外秘だ。誰にも聞かれるわけにはいかないが、感づいたやつもいるだろうな」

「はっ、ツノ無しの騎士の件か。残念ながら私の耳に届くほどの盛況だぞ」

二人を乗せた床は、低い音を立てながら下へ下へと下がって行く。やがて壁面はガラスから煉瓦に変わり、石積みに変わっていく。

「それは大した問題ではない。騎士の造形など規則性が無いのは周知の事実だ」

ローブに青線の入った男……メディル・ナスルは顎に手を当て、何か焦った佇まいをしている。

「そもそも四本ツノの騎士だって記録に無いからな」

「ほう?それでなけれは、何がお前をそんなに焦らせる?」

ローブに二本の桃線が入った女……メディル・サナは目を爛々と輝かせ、ナスルからの返事を待つ。彼女の好奇心には際限がない。適格者かも解らないボトル・レリックを、幼少期自ら取り込むくらいには。

「出所だよ」

床は唸り声を上げ徐々に減速する。湿った空気とこもった熱が前髪を吹き上げる。物々しい音とともに床が停止すると、夜光石に照らされ苔むした石道に足を踏み出す。

「魔女の墓……伝説によればこれを中心に街を作ったとか。笑わせるな」

「まぁそう言ってくれるな、俺の話はここからだ」

急に空間が広がる。高い高い天井からはいく数のパイプが伸び、絡まり合い、足元のいかにも古風な石の墓に向かって伸びている。ナスルはそのうちの1つに近づくと、墓から伸びる透明なパイプに宿る一つの光に手を添えた。

「今ここにある魔女の魂は六つだ。対して我々が掌握する騎士は三、噂に聞く流浪と本都市の主機に使用されている物を合わせると五つになる」

「そうだ。あと一人の騎士を長らく探していたが、今日発見された訳だ」

「それが違う」

ナスルの手の向こうで、青い光が緩やかに揺れる。六つ伸びる管にはそれぞれ色とりどりの光が灯り、二つの墓は沈黙を守っている。ナスルは険しい顔をすると、サナの目を見て言い放った。

「あれはバルビエルの騎士じゃない。マルキダエルの騎士、歴史に無い七つ目のレリックだ」

「ありえない!」

サナは低い声で怒鳴る。声がビリビリと空間に反響し、滴る苔が波紋を作る。

マルキダエル。最強の魔女。人類が、一度たりとも倒した事がない筈の魔女。

その倒された証であるレリックが、ましてやそれを使用する騎士が、存在して良い筈がない。

「均衡は崩れた。今や魔女は五、騎士は六。人類の方が優勢だ。街を止めれば、七人の騎士を用意できる可能性だってある」

「馬鹿を言え!マルキダエルが倒せるなら、残りの五人など一捻りだ……」

サナは胸に手を当てる。あのマルキダエルが人間に、人間如きに倒されるだと?

有り得ない。

――騎士が三人掛かっても、傷一つつけられなかったと言うのに。

「とにかく!これはお前の勘違いだ。私が証明して見せる」

「頼むよ。俺もこれが真実でないことを祈りたい」

「人類にあるまじき発言じゃないか?」

「そう言う意味じゃない」

ナスルはため息をつき、頭を抱える。苔から滴る水が、首筋を冷やす。

「マルキダエルを倒したのが、人類の味方だと良いな!って事だ」

「どう言う意味だ?」

「我々が計り知れない強敵になるかも知れない」

魔王は領地で沈黙を守っている。と言うことは、我々の知り得る中で最強の存在はマルキダエルのみだ。それを倒せたとなると、敵に回したい存在ではない。

しかし、知りうる騎士の強さではない……

「そうか」

しかしサナは心が決まった様子で、自慢のツインテールを整え直す。はなから信じる気が無い、とでも言いたげだ。しかしサナは、最も現実的なリーダーとして支持を受けている。お前なら、どうする?

「私が戦って確かめる。本当にマルキダエルの騎士なら、マルキダエルの魂を捜索・安置する。違ったら安心、そこで終わりだ」

「了解」

妹ながら、優秀なリーダーだ。

だからこそ反吐が出るんだが。

「あー停戦終わり!負け犬バカ兄貴がもっとマシな冗談を言え」

「あ?!囲われ女騎士が腐れた性格直して彼氏の一人でも連れて来いよ」

「死ねクソボンクラ平騎士が!」

「騎士に平もあるか!」

駆け込むように床に飛び乗り、降ろし合いを始める二人。そんな二人に関係なく、床は緩やかに上昇していく。

それと並行するように、緩やかに東の空が白んでいく。

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