≪隼人≫1

「梶本と篠崎は、少し遅れるって」

「あ、そうなんですか」

「うん」

 呼び鈴が鳴って、護が玄関に向かっていった。


「隼人さま。塚原さんです」

「居間に案内してあげて」

 そう声をかけたけど、居間をすぎて、台所まで来てくれた。

「隼人せんぱいー」

「こんにちは」

「お邪魔しまーす。うちじゃないみたい。びっくり!

 もう、あたしの家じゃないのは、わかってるんですけど……」

「そんなに変わった?」

「はい。ここにいたのは、高校の途中までだったんです。ひさしぶりに見たせいかもしれないけど、おおーっていう感じでした。

 外壁、塗装したんですね」

「うん。それは、自分たちで。最近の話。

 実は、塗れたのは表だけで、裏は変わってない」

「そうなんですか。でも、すごーい。

 LINEで写真を送ってくださったじゃないですか。二階の洋室も、ちゃんとしたフローリングになってて……。

 うちの親も、興味しんしんでしたよ。

 今は埼玉に住んでるんで、なかなか、様子を見に来たりは、できないんですけど」

「すごく安くしていただいて、ありがたかったです。また、ご挨拶にでも」

「いえいえ、そんな。

 二階のプラモ部屋。見ても、大丈夫ですか?」

「もちろん。護。一緒に行ってあげて」

 居間と台所の間くらいで、所在なげにしている護に声をかけた。戸惑っている様子だったけど、塚原さんをつれて、廊下に出ていった。


 鍋を始めることにした。

 カセットコンロは持っていないので、台所で煮はじめた。

「いい匂い」

 いつの間にか、ミャーが俺のななめ後ろにいて、鼻をひくつかせていた。

「ミャー。寝ぐせ」

「うん……。塚原さん、来たの?」

「いるよ。二階」

「塚原さんだけ?」

「うん」

「そっかー」

「なに。他にも女の子が来るかもって、期待してた?」

「まあ、それは。僕には、そろそろ、彼女が必要なんじゃないかって」

「かもな」

「執事くんに……じゃない、護に話したんだね」

「『護』ね」

 笑ってしまった。

「そう。そう呼んでいいって、言われたから。ツンデレの、デレ期に入ったみたい」

「それは、どうかな」

「隼人は、いつか、あの頃のことを精算するんだろうなって、思ってたけど。

 あっちの人たちと話し合う、とかじゃなくて、護と出会って、それができたんだね」

「うーん。うん。たぶん」

「僕はさあ、あっちの家には行ったことないし、今後も、行きたいとは思わないけど……。

 ほんとは、ずっと、この家にいられたらいいのにね」

「うん。それは、俺も思ってる。でも、無理だろうとも、思ってるよ」

「なんで、そこで引いちゃうのかな。戦っても、いいのに」

「そうだな。でもまだ、あと二年以上あるし……。

 ゆっくり考えるよ」

 ミャーは、不満そうな顔をしていた。

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