≪隼人≫2

 鍋を皿に盛って、居間の座卓に運んだ。

 護が、廊下から居間に入ってくるのが見えた。

「完成ですか?」

「うん。プラモ部屋に行って、呼んできて」

「はい」


 ミャーが、箸の用意をしてくれた。

「ありがとう」

「いいってことよ」

「……うん」

「梶本、遅くない?」

「遅れるって。連絡は、もらってる。篠崎も」

「電車かな」

「たぶん。車は、まだ、持ってないはずだから」


 みんなで鍋を食べている時に、呼び鈴が鳴った。

「俺が行くから」

 護に声をかけて、玄関に向かった。


 梶本と篠崎だった。

 篠崎は、リュックを背負っていた。都心にある百貨店の紙袋を抱えている。

 梶本は、黒いエコバックを片手に提げていた。重たそうだった。たぶん、ジェンガだろうなと思った。

「一緒にいたのか」

「そう。これ、お土産」

「ありがとう」

 篠崎から、紙袋ごと受けとった。

「ジェンガを持ってきた」

「やるの?」

「やるよ。必勝法も履修済みだ」

「ジェンガに必勝法なんて、あるの?」

 篠崎が梶本に聞いた。

「ある! 今日、俺が手本を見せてやる」

「うん。いいけどさ。

 まあ、上がって」

「おう」

 梶本が、長いコートを脱ぎはじめた。

 今日は、白衣は着ていなかった。そのかわりに、黒い光沢のある布に、スパンコールがいくつもついた、ダンサーの衣装のようなものを着ていた。どこかで見たような服だった。

「それ……。去年はやってた、あれ。フィギュアスケートの深夜アニメ。あれだ、『ギャラクシー・アイスショー』!」

「なぜ、わかった?! そうだ。これは、シリウス様だ」

「見たの?」

「うん。こっちに越してきてから、ネットの定額のやつで。

 土日は、アニメの一気見とか、しょっちゅうしてる」

「あなどれんな……」

「いいから。早く、上がって。あと、今日は、ずっとそのキャラなの?」

「破綻しない限りは」

 梶本の足元は、黒の長いブーツだった。脱ぐのが大変そうだな、と思った。

「しばし、待たれい!」

「うん。待つけど。しっかし、すごい服だな」

「これで、電車に乗ってきたからね。上からコートを着ててくれなかったら、車両を変えなきゃいけないところだった」

 篠崎が、淡々と言った。苦労が偲ばれた。

「アニメの一気見とか、そんな面白いことしてるんだったら、呼んでほしかった」

「え、そう?」

「うん」

「古い作品が多かったから。篠崎からしたら、『いまさら?』みたいな……感じかと」

「なんで。初代のオリジンとか、最高だよ。一緒に見たかった」

「う、うん。わかった。じゃあ、機会があれば」

「アテレコ大会とか、したい」

「いやー、ちょっと。そこまでは」

「そう? 名場面を演じてみたいとか、思わない?」

「ない……」

 ここで、ようやく梶本の両足がブーツから脱出した。

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