≪護≫2

 ふと、この人は西園寺家に帰らないんだろうかと思った。

「あなたは、帰らないんですか」

「帰ってるよ。定例のパーティーの時に」

「奥さまたちに、会ってますか?」

「会える時もある」

「積極的に会いたいわけじゃないんですね」

「そういうことじゃない。お忙しいかと思って、だから」

「施設に行ったりは、するんですか」

「俺がいた施設のこと?」

「です」

「行ってない。行きたいとは思ってるけど」

「行けばいいじゃないですか。自由になったんだから」

「ああ、うん。一緒に行ってくれる?」

「なんで……。いいですけど」


 お昼になる前に、呼び鈴が鳴った。

 最初に来たのは猫だった。これは、まあ予想どおりだった。家も近いし……。

「ミャーさん」

「うおっ。びっくりしたなー。もー」

「三宅さんの方が、よかったですか」

「いいよ。ミャーで」

 にこにこしている。

「鍋の準備は、終わった?」

「終わってますよ。だいたいは」

「わかった。僕は、ごろごろしてる」

「どうぞ」

 さっさと居間に向かっている。もう、慣れっこになってしまった、いちれんの流れだ。


 今日は、お茶っぱを使ったお茶を出すつもりだった。猫の分だけ入れて、持っていった。

「お茶です」

「ありがとー」

 猫が、畳から起き上がった。


「受験勉強。進んでる?」

 僕に問いかけてから、緑茶が入ってる湯呑みを、口もとまで持ち上げた。両手で湯呑みを持って、お茶をすすっている。

「あんまり……。不安です」

「らしくないなあ。わかんないところは、教えてやんよ!」

「ほんとですか。お願いしてもいいですか?」

「うん」

「ありがとうございます」

「いいってことよ」

 猫は、猫みたいな顔で笑った。

「隼人は?」

「鍋の具を足すって。買いに行きました」

「へー」

「白菜が、思ってたよりも少なかったらしいです」

「それは大変だな」

 もっともらしく言ってから、「白菜って、いる?」と聞いてきた。

「いるんじゃないですか。鍋には」

「ふーん。何味だろ」

「ふつうのだって、言ってました。ストレートのつゆを入れて、作るって」

「楽しみだなー。今、勉強する?」

「今は、いいです。受験勉強って、どれくらいしました?」

「あー。僕のは、参考にならないと思う」

「そうなんですか?」

「うん。隼人が受ける大学を、一緒に受けただけ。三つ受けた」

「なんで、同じ大学にしたんですか?」

「僕たちね、中高一貫の私立の学校に行ってたの。

 僕は、体のこともあって、小学校では、いじめられてたんだよね。

 中学からは、すっごい楽しくて……。隼人の家のことも、話してくれたから、わかってたし。

 ずっと一緒にいたら、ぜったい楽しいって思って。それで、ストーカーしてた」

「ストーカーの自覚はあったんですね」

「うん。なんか、一緒にいないと、あっちのおうちに隼人が取りこまれて、戻ってこられないような気がしてた」

「そうですか……」

 なんとなく、わかるような気がした。

 隼人さまは、自分は自由になったと、くり返し、口にはするけど。本当の意味では、たぶん、自由じゃない……。そんな気がしていた。

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