7.貧乏性の御曹司、鍋パーティーをする

≪護≫1

 ガチで、大学受験をすることが決まった。

 びっくりしている。

 四月から執事見習いになって、隼人さまと一緒に暮らしていたら、いつのまにか、そういうルートに入っていた。


 共通試験は、来年の一月にある。2020年までは、センター試験という名前だったらしい。

 高三の進路相談の時には、白紙で出して、担任の山ちゃんに泣かれた。たぶん、あわれまれたんだと思う。

 受験をして、もしひとつでも合格したら、山ちゃんに、高校あてで手紙でも出そうと思っている。



 十月の、最後の週の土曜日。

 隼人さまは、台所で鍋パーティーの準備をしていた。

 「勉強してていいよ」と言われたけど、僕も手伝うことにした。

 隼人さまに、訴えたいことがあったからだ。

「不安で、胃が痛いです」

「……今から?」

 きょとんとした顔をされた。

「受験、どうでしたか」

「どうって……。頑張ったけど。それだけ」

 この人に聞いても、だめだな……。努力することを、あたりまえだと思ってるような人だ。

「浪人したら、まずいですよね」

「そんなことないだろ。仕事は、あるわけだし」

「養ってもらってる感、はんぱないですけどね」

「いいんだよ。それより、投げやりになるのはよくない」

「はあ……」

 ほとんど、ため息みたいな返事になってしまった。


「誰が来るんですか? 猫とメガネ以外に」

「もう、ミャーと飯田って呼べばいいのに」

「いいんですかね。三宅さんとミャーさんだったら、ミャーさんでもいいかって気は、してます」

「いいんじゃないの。それで」

「そうだ。洗濯ものを干すハンガーが、こわれてます」

「ほんと? どれ?」

「緑色の、洗濯ばさみがいちばん多いやつ」

「商店街で買えるかな。スーパーには、あると思う」

「探して、買っておきますよ」

「よろしく。お金は、食費の方から出しといて」

「で? 誰が来るんですか」

「それ、重要なんだな。護にとっては」

「あたりまえですよ。メンバーによっては、逃亡します。そのへんに」

「えっと……。篠崎と、梶本。あと、女の子が来るよ」

「ほんとですか?」

「うん。この家に、もともと住んでた子。大学の後輩で、塚原さんっていう子。

 五人だな。塚原さんが、友達をつれてくるかもしれないけど」

「飯田さんの彼女は?」

「あー。わかんない。来るかもな」

「画家はともかく、博士は、やだな……。ジェンガとか、持ってきそうじゃないですか」

「別に、やってもいいんだけどな。梶本と二人きりとかじゃ、なければ。

 ところで、キャサリンさんのあだ名は、あるの? 護の中で」

「ないです。そのへんは、わきまえてます」

「ふーん……」

 僕と話している間に、鍋の具材を、さっさと切ってしまった。けっきょく、そばに立ってるだけだったなと思った。

「実家には、いつ帰るの」

「どうしようかと思ってます。行ったら、大学のことを話しちゃいそうだし」

「話せばいい。喜んでくれると思うよ」

「ぬか喜びさせたくないんですよ。言っといて、落ちたら、しょっぱいですよ……」

「そうかな。まあ、護が思うようにしてくれれば。

 遊びに来てもらってもいいよ」

「えっ」

「この家に。お母さんと妹さんたちが」

「えー……」

「それが嫌なんだったら、やっぱり、たまには帰った方がいいと思う」

「はい。そうします」

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