≪隼人≫2

 赤坂のホテルまで、護と二人で、タクシーで向かった。

 車の免許がほしいなと思った。いずれは取るつもりで、道路交通法の勉強もしてはいる。


 会場に入って、主催者の挨拶を聞いた。


 綾音さんがいた。

 苦手なタイプの女性だった。俺よりも、いくつか年上だと思う。

 やたらと、距離が近いというか……。俺に好意を持ってくれているらしいのは、前々から分かっていた。

 しきりと話しかけてくれるのを、失礼にならない程度に、かわしていく。

 もう何度も聞いた愛犬の話や、新しい別荘の話には、へきえきするばかりだった。

 ふと護を見ると、死んだ魚みたいな目をしていた。いくらなんでも、それは正直すぎるだろうと思った。


 スマートフォンを、スーツの胸ポケットから出した。

「すみません。電話です」

 嘘も方便だろう。護は、ついてはこなかった。


 ロビーに出てから、足が止まった。

 会社の先輩たちがいた。女性ばかりだった。

 宮田さんもいた。


「西園寺くん!」

「こんにちは」

「すてきー! お友達の結婚式?」

「いえ……」

 失敗した。否定してしまった。「そうです」と言えばよかった。

 宮田さんと目が合った。大きな目が、丸くなっていた。

「西園寺くん……?」

「宮田さん」

「隼人さま。どうなさったんですか?」

 綾音さんに、見つかってしまった。先輩たちがざわつくのを感じた。

 最悪だな、と思った。

「大丈夫です。すぐ、戻りますから」

「あら……。では、また」

 困ったような笑顔を残して、綾音さんが会場に戻っていく。


「びっくりした……。

 あの女の人は、婚約者の方、とか?」

「違う。あの人は、父の知り合いの娘さんで……」

「そうなんだ」

 俺は、会社にいる時と、なにも変わっていないつもりなのに。

 宮田さんが、俺と心の距離を取ろうとしているのが、手に取るように分かった。

「失礼します」

 誰にともなく言って、会場に戻った。


 さっきと同じ場所に、護がいた。綾音さんはいなかった。ほっとした。

「ひとりにしないでください」

 涙目で言われてしまった。

「ごめん」

「あれ、嘘ですよね。電話が……って」

「嘘だよ」

「ひどいです」

「だから、ごめんって」

「いごこち、悪いですよ。よく、平気でいられますね」

「平気じゃない」

「そうですか?」

 そうだよ。平気じゃない。ここでしか生きられないから、踏みとどまろうとしているだけだ。


 その時、稲妻にでも打たれたように、頭のてっぺんから、足の先まで、痛いほどの衝撃を感じた。

 俺は、三年経ったら、この世界に戻ってこないといけないのか。

 自由になったような気になって、泣いて、感動してる場合じゃなかった。

 しょせんは、かりそめの自由だった。

 一度知ってしまった自由を奪われることに、俺は、耐えられるのだろうか……。


 華やかなパーティー会場の中で、俺だけが異邦人だった。

 分からない。護も、分かってくれるかもしれない。俺が、きちんと話をすれば……。


「顔色が悪いです。ちょっと、出ましょう」

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