≪護≫3

 篠崎さんという人が、出入りするようになった。

 二階にあるプラモ部屋の壁に、絵を描きにきているらしい。

 男の人なのに、髪が長くて、頭の上の方でひとつに結んでいた。後ろから、髪型だけを見たら、紗恵みたいだった。

 僕とは、ほとんどしゃべらなかった。

 ふらっときて、絵を描いて、「じゃあね」と言って、帰っていく。

 心の中で、「画家」と呼ぶことにした。



 今日も、画家がきている。

 先週の日曜日には、猫がきていた。どや顔で、たいしてうまくもないように見える写真を、家中にべたべたと貼って、満足そうに帰っていった。

 画家は、猫とはちがって、静かな人だった。

 呼び鈴を押して、玄関から入ってくると、すぐに二階に上がってしまう。



 プラモ部屋まで、のぞきに行ってみた。

 画家は、休憩してるみたいだった。それとも、壁の絵を見てるんだろうか。

 明るい色のフローリングの上に、足をくずして座っていた。


 画家がふり返った。

 やばい。目があってしまった。


「執事くん?」

「すみません。見にきちゃいました」

「いいよ。中に入って、見ても」

「いいんですか? じゃあ……。失礼します」


 壁には、ロボットの絵がいくつか描いてあった。

 なんとなく、知ってるような気もした。

「これ、アニメのですか」

「そう。もう、十年以上前のだけど」

「隼人さまは、アニメとか、好きなんですかね」

 画家が笑いだした。えぇ……となった。

「隼人さまって」

「おかしいですか?」

「うん。おかしい。

 僕からしたら、大学の同級生だから。隼人の家のことは、知ってるけど」

「どんな大学生でしたか。隼人さまは」

「ふつう。ふつうの、やさしい子って感じだった」

「そうですか」

「面倒見がいい感じ。女の子にも、もててたけど。

 女の子と話すのは、苦手だったみたい」

「はあ……」

 僕は、隼人さまとはじめて会った日の、庭園パーティーのことを思い出していた。

 たくさんの女性たちに囲まれて、笑顔で話をしているようにしか、見えなかった。

 頭の中で、なにかが、ちりちりと音を立てて、燃えていくような感じがした。


 二人の隼人さまがいることを、僕は知っている。

 だけど、もしかしたら、篠崎さんは、そのことを知らないかもしれない……。

 友達にさえ、見せられない顔がある。見せたくない顔がある。

 それって、どうなんだろうか……。

 ものすごく、悲しいことのような気がした。


「これで、完成ですか?」

「ううん。もう少し、塗ろうかと思ってる。

 執事くんも、塗ってみる?」

「やってみたいです」

「いいよ。やろうか」


 絵の具の箱には、アクリルガッシュと書いてあった。

「ここに、赤を塗ってくれる?」

 言われたとおりに、色を塗っていった。

 しばらく、夢中になって続けていた。

「上手だね」

「いえ。そんな」

「絵を描くのは好き?」

「そうでも……。あ、でも、漫画とかは好きです」

「だったら、描いてみればいいのに」

「ですかね……」


 篠崎さんは、ロボをひとつ増やして、帰っていった。


 たぶん定時で帰ってきた隼人さまが、壁画を見て、「わーっ」と言った。

 その後で、スマホをいじっていた。画家にLINEでもしてるんだろうな、と思った。

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