≪護≫3

 五月七日。土曜日。

 メガネが、なんか、たくさんの段ボールをトラックに積んできた。


「なんですか? これ」

「プラモデルの完成品。取り扱いには、注意して」

「……プラモデル?」


 冗談かなと思ってたけど、ガチだった。

 二階の洋室の片方の棚が、プラモデルで埋まった。

 アニメのロボットっぽい。しかも、ちょっと古い感じだった。

 わからん……。大量のがらくたにしか、見えなかった。

 隼人さまは、うれしそうだった。ひとつひとつ、配置にこだわっていた。ますます、わからなくなった。

 この人は、一体、どういう人なんだろうか。


 昼ごはんは、焼き肉をいただいた。

 当然のように、猫がいた。メガネはともかく、猫は、今日はなにもしてなかったのに。

 高級牛肉は、おいしかった。



 夜になる前に、隼人さまに呼ばれた。

「給料日だよ」

「えっ。今日なんですか」

「うん。そうらしい」

 ひとごとみたいな言い方だった。

 隼人さまが、居間の畳の上に正座をした。僕も、向かいあって正座をした。

「ご苦労さまでした」

 茶色い封筒に、お金が入っているらしい。

 そのまま、手渡された。

「ありがとうございます。中、見ていいですか?」

「もちろん」

 えっ。けっこう、入ってるな……。

 中から取りだして、数えてみた。

 二十万だった。

 くらっとした。

「え、ほんとですか? これ」

「金額、知らなかったのか」

「誰からも、言われてないですから。ハローワークの募集には、『日給五千円』って、書いてあったけど……」

 これは、ちょっとまずいんじゃないか?

 昨日、牛肉の件で、やらかしたばかりだし……。牛肉の分のお金だけでも、返すべきだろうか?

「こんなに、いただけないです」

 料理しか作ってない。洗濯はしてるけど、それだけだった。

 これだけのお金に見あうようなことは、していないと思った。リフォームは手伝ったけど、半分、遊んでたような感じだったし……。

「いいんだよ。正当な評価だと思う」

「じゃあ、もらいます……。ありがとうございます」

「実家に仕送りとか、する?」

「しますね。これだけあるなら、十五万かな……」

「そんなに?」

「うち、貧乏なんですよ。父さんは、糖尿病で入院してて。母さんだけが働いてるので、これで、ずいぶん助かると思います」

「そうなんだ。お見舞いは、行きたい時に行っていいから」

「え。いいんですか」

「いいよ。あたりまえだろ」

 本当に、あたりまえだろと思っていそうな顔をしていた。嬉しかった。

「助かります。じゃあ……。平日の昼間に、行きます」

 隼人さまが、無言でうなずいた。


「あの……。護の家の、貧乏のレベルが知りたいんだけど」

「はっ?」

「学校の給食費とか、払えた?」

「払えますよ。さすがに」

「……そうか」

「なんですか? もっと、貧乏だと思いました?」

「いや。そういうことじゃない」

「ふつうの暮らしよりは、落ちると思いますけど。漫画とか、ゲームとかを、買ってもらえないほどじゃないです」

「だったら、貧乏じゃないと思う」

「いや、でも……。やっぱり、きついですよ。

 妹が三人いて。中二、五才、二才ですよ。僕がなんとかしないと、やばいとは思ってます」

「三人もいるのか」

「いますね」

「それは、大変だな」

「かわいいですけどね。うるさいです」

「うるさいの?」

「女の子って、うるさいですよ」

「そうなのか」

「ごきょうだいは、いらっしゃらないんでしたっけ」

「いない」

「はあ……。それは、ちょっと、さびしいですね」

「うん。さびしい」

 同意されて、えっ……となった。

 ああいう家の一人息子に生まれると、僕にはわからないような苦労があるのかもしれない。

 はじめて会った日のことが、ふと頭に浮かんだ。

 別館に用意された僕の部屋に移動した後は、なにかに怒ってるような、ぶっきらぼうな態度だった。

 この人は、ただの御曹司じゃないような気がする。

 でも、だったら、どういう人なんだろうか。

 僕には、まだ、よくわからなかった。

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