≪隼人≫2

 五月三日。

 二階の洋室の二部屋の、フローリング貼りをすることになった。

 ミャーは一日から泊まっている。午前九時に飯田が来てくれた。

 飯田が運転してきたトラックの荷台には、ブルーシートが敷かれていた。

 平べったくて長い木材が、いくつかの束になって積まれていた。下地になる合板もあった。


「飯田。おはよう」

「おはよう。

 これ、パイン材。ホームセンターじゃなくて、親父の知り合いから、安く仕入れてきた。

 たまたま、在庫が余ってたらしい」

「えーっ……。ありがとう」

「いいってことよ」

「ミャーは、関係ないだろ」

「そう言うなってー。飯田ちゃん」

「これ、無垢の木?」

「うん。はっ水加工の塗装だけ、塗っておいた。透明だから、色は、もとの木の色とほとんど変わらない」

「木目が、きれいだな。すごい。嬉しい」

「気に入ってもらえたんだったら、よかった」

「パインって、松……だっけ」

「そう。これは、外国産の松。日本の松は、今は、ものすごく手に入りづらい。

 寸法は、貼りながら合わせていくから」

「分かった」


 木材を抱えて、少しずつ、飯田と二階に運んでいった。ミャーは、二階の洋室の片方で、猫みたいに丸くなっていた。


「どっちから?」

「どっちからでも……。じゃあ、手前の部屋から」


 じゅうたんを剥がしていると、護がひょっこり現れた。

「飯田さん。おはようございます」

「おはよう」

「僕も、手伝っていいですか?」

「いいよ。ありがとう」


 剥がしたじゅうたんは、丸めて、二階の和室に立てかけておくことにした。

 粗大ごみとして出すことになりそうだった。

「ここの市は、回収はしてくれる?」

「うん。電話かインターネットで予約して、回収日を予約するらしい」

「切って、燃えるごみに出してもよさそうだけど。ウールだと思う。滑り止めもついてないから、燃えるごみでいけそう」

「そうなんだ。そうしようかな……」

「まあ、忙しかったら、粗大ごみでいいと思うけど」


 掃除機を二回かけて、床をきれいにした。

 作業用の軍手は、スーパーで買っておいたものを配った。

 下地の合板は、飯田に貼ってもらうことにした。

 二部屋分を、さっさと貼ってしまった。さすがプロ、という感じだった。


「下地は終わった。始めよう」

 ボンドを塗る機械があった。床に貼る分だけ、ボンドを出しながら、飯田が後ろに引いていく。運動場で使う、チョークの白線引きみたいだった。

 ミャーが、「なに、それ?」と訊いていた。

「コーキングガン」

「僕も、やってみたい」

「いいけど。中腰だから、きついと思う」

「そっかー。わかった。見てるだけーにする」

 ミャーは、あっさり引き下がった。


 飯田に指導してもらいながら、フローリングの板材を貼っていった。

「やばい。楽しい」

「よかった。ケガだけ、気をつけて」

 板材の固定には、専用の機械を使った。もちろん、飯田から借りたものだ。

 針を打って、下地に固定していく。機械とつながったコンプレッサーの、空気圧の力で、こうやって針が打てるらしい。

 針を打ちこむ時には、かなり大きな音がする。やってる感がある。

「めちゃくちゃ、楽しい!」

「わかった。わかったから」

 飯田は冷静だった。

「はやとー。すき間が、できちゃった」

 しょげたような顔で、ミャーが報告してきた。

「大丈夫だよ。小さく切って、埋めてみよう」

「ごめんね」

「俺の家だから。気にしなくていいよ」


 最後の列は、飯田がサイズを合わせてくれた。

 一部屋目が終わった。

 そのまま、隣りの部屋の作業に入った。

 護は、ほぼ無言で、ちゃんと手伝ってくれていた。意外と楽しんでいたのかもしれない。



 十二時になる前に、護に声をかけた。

「昼ごはん、買ってきてくれる? 商店街のパン屋で」

「いいですよ」

「食費の封筒から出して。四人分。サンドイッチとか、そういうの」

「はい」


 一階に下りて、居間に集まった。

 飯田が外に出ていった。大きなビニール袋に入ったなにかを持って、戻ってきた。


「断熱のことだけど。窓ガラスに貼るシートを買ってきた」

「貼るだけでいいの?」

「うん。内側から。二重窓とかも考えたけど、現実的じゃないなと思った」

「俺も、そこまでは考えてなかった。

 貼るだけなら、自分でゆっくりやるよ」

「あと、すき間に貼るテープ。これは、窓枠に貼る」

「ふわふわしてる」

「ポリウレタン。スポンジみたいだろ」

「うん。ありがとう」

「それは、僕も手伝うよ」

「そうだな。一緒にやろう」

「午後は? やることある?」

「あー……。畑を、やろうと思ってて」

「畑?」

「うん。庭で」

「なんもない庭で?」

「うん。土とか、道具とか、まだ、なにも用意してない。どうしようかなと思ってて」

「ホームセンターに行く? トラックで運べばいい」

「車、出してもらっていい?」

「いいよ。今日、やろう」

「ありがとう」

「いいってことよ」

「もう、つっこまないよ。ミャー」

「えー」



 飯田のトラックには、二人しか乗れない。

 ミャーを、護と一緒に、家に置いておくことになった。

 二人きりにして大丈夫かなという気持ちが、ないわけじゃなかったけど。仕方がなかった。


「大丈夫かな」

 飯田も、俺と同じことを考えていたらしい。

「たぶん……」

「あの二人、相性悪そう」

「分かる」

「なるべく、早く帰ってあげよう。護くんの心の安定のために」

「そうだな」


 ホームセンターで、野菜用の土と、大きなシャベルを買った。

 外にも水道の蛇口があるので、ホースリールのついた、水やりのための散水ホースも買った。

「予算、大丈夫?」

「大丈夫だと思う」

「生活費は? きつくない?」

「うん。光熱費だけは、予想できないけど……。

 足りなかったら、カードで払うから。カードだったら、支払いが翌月か、翌々月になるし」

「大変だな。どうしてもきつかったら、言って」

「ありがとう……」

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