≪隼人≫4
社長室に入った。
社長以下、重役っぽい人たちが、ずらっと並んでいた。
全身から力が抜けるような感じがした。
「広報課の西園寺です。ご用件は、なんでしょうか?」
「工藤くんには、きつく、言って聞かせたから」
「えっ。なにを、言ったんですか」
「君の、ご実家のことだよ」
「どうして……」
「今後も、あんな調子でいられたら困る。そう思って、つい」
「工藤さんのことは、ちっとも気にしてないです。それよりも、こういったことで、呼び出したりしないで頂けませんか。
コネで入ったわけでもないのに、邪推されたら困ります。それとも、コネだったんですか」
「まさか、まさか! とんでもない!」
「だったら、ただの、平社員として扱ってください。俺と親は、関係ないですから」
「分かりました。申し訳なかった」
謝られてしまった。社長から……。
帰りの電車の中でも、落ちこんでいた。やっぱり、コネだったのかもしれない。
実力で採用されたわけじゃ、なかったのか。
ショックだった。面接の時にも、無事に採用されて、働き始めてからも、特別扱いはされていないと思いこんでいたから。
スーツ姿のままで、駅と家の中間にある商店街に入った。
スーパーまで行くには、自転車に乗らないと遠い。その前に、いつもの八百屋で値段を見ておこうと思った。
ナスが、安かった。スーパーの特売より、50円以上安い!
感動していると、八百屋のおじさんが、威勢よく声をかけてきた。
「おっ! 気がついちゃった? 今日は、いいのが入ってるから!
ナスが五本で、85円! これは、買いだよ!」
「安いです。買います」
「いいね! ありがと!」
客商売なんだから、当然のかけ声なのかもしれない。でも、俺は嬉しかった。
ありがとうと言われるのは、嬉しい。あの家にいる時には、ほとんど言ってもらえなかった。俺が、人から感謝されるようなことをするのは、許されない空気があった。
俺が自分で自分の身の回りのことをしてしまうと、誰かの仕事を奪ってしまう。そのことも、痛いほど分かっていた。
「他に、おすすめとか」
「うーん。今は、キャベツだな。甘いよ!
あとはー、アスパラガス! カリフラワー! ニラ!」
「ありがとうございます。見てみます」
おじさんは、にこにこしていた。
自然と、こっちも笑顔になる。
「お兄ちゃん。いつも思うけど、男前だな!」
「……そうですかね」
「髪、切ればいいのに。長すぎて、大学生みたいだぞ」
「これは。ちょっと、わけがあって」
髪は、ずっと、耳より下には伸ばせなかった。長めの髪には、憧れがあった。
「もしかして……。役者さんか?!」
「いやいや、違います」
「なーんだ」
いろいろ買いこんでしまった。両手にエコバッグをさげて、家まで歩いた。
家の前に着いた。
家の灯りがついていた。一階はともかく、二階がついてるのは、まずい。
護の部屋は、一階にある。二階に用事なんて、ないはずなのに。
悪い子じゃないのは、分かってるけど……。
そこらじゅうの灯りをつけっぱなしにすることと、水の使いすぎについては、正直いらっとしていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。二階の灯り、消しといて」
「えっ。ついてますか?」
「ついてる」
「すみません……。行ってきます」
どたばたと、廊下を走っていく。
悪い子じゃない。そう自分に言い聞かせて、怒らずにいる努力をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます