≪護≫8

 昼ごはんを作った。

 隼人さまに頼まれたわけじゃないけど、僕が作るべきなんだろうなと思ったから。

 スマホでレシピを探して、豚肉と野菜をいためるだけのおかずを作った。


「……」

「……」

「……」

「どうですか?」

「あ、ああ」

「うん……」

「肉野菜いため、だよな」

「そうです」

 誰も、はっきりとは答えてくれなかった。なんなんだよ。

 そりゃあ、隼人さまの料理と比べたら、おいしくはないかもしれない。でも、今まで、家庭科の授業の時以外は、ほとんど作ったことがないんだから、こんなもんだろうという気もした。


「護。午後は、自由にしてていいよ」

 自由にって、言われても。なにをしたらいいんだろうか。

「一緒にいてもいいけど。君にとっては、たいくつかも」

「お邪魔じゃないんだったら、いますよ」

「邪魔じゃないよ」

 本当に、そう思ってるみたいだった。ちょっと、うれしかった。


 台所で、紙パックの麦茶をコップに入れた。

 四人分用意して、居間に持っていった。

 みんな、お礼を言ってくれた。気分が上がった。


「水回りだけ、リフォームしたけど。どう?」

「すごくいい。安くしてもらって、助かったよ」

「養生とか、だいぶ手伝ってくれたから。親父も、俺の友達の家のリフォームは、はじめてだなって、喜んでた」

「ありがとう」

「あとは、地デジのアンテナだっけ」

「うん。それは、こっちの業者さんを探して、頼もうと思って」

「取りつけだけだったら、俺にもできそうだけど。親父に聞いてみる」

「助かる」

「飯田ちゃんは、工務店を継ぐの?」

「いずれは、そうなるかな。今は、他の工務店で、設計の勉強をさせてもらってる」

「試験、受けるんだよね」

「そう。設計士のね。難しいみたいだから、あまり自信はない」

「飯田ちゃん的には、隼人の家は、どうなの?」

「古いけど、柱もしっかりしてるし。いい家だと思う。

 土地こみで、いくらだっけ?」

「400万に、少し足りないくらい」

「やっす! 夢があるねー」

「これ、もとは、塚原さんが住んでた家なんだよ。ご両親に、彼女がかけあってくれて」

「誰だっけ。聞いたことある」

「ゼミの後輩」

「あー。わかった。あの子ね」

「ごあいさつに言ったら、もう使う予定はないからって。最初から、この値段だった」

「駅から歩ける距離だし。お得だったと思う」

「うん」

「僕の家から近いのも、僕からしたら、ポイント高いよね」

「あとは、会社まで、電車で一本だったから」

「いいよね。それ」

「二十三区内だったら、こうはいかないよな」

「だよねー。ほんと」


 それから、家のリフォームの話が続いた。

 どうやら、DIYでリフォームをしようと計画しているらしい。

 隼人さまの目が、輝いていた。楽しそうだった。

 メガネは、まじめそうだった。猫は、ずっと寝そべっていた。

 一時間くらい、黙って話を聞いていた。

 べつに、たいくつじゃなかった。

 本棚を作るんだったら、僕も手伝ってみたいな、と思った。僕が頭数に入ってるのかどうかは、わからなかったけど。


「少し、休憩しようか」

 隼人さまが言った。

 話は、だいたい終わったみたいだった。

「僕、外に出てきます」

「いいよ」


 三時になるまで、外にいた。そのへんをぶらぶらして、ふらっと、小さな本屋に入ったりもした。

 商店街で、どら焼きを四つ買って、帰った。


「これ。おやつに」

「ありがとう。みんなで、いただこうか」

「あの。まだ、お帰りには、ならないんですか」

「うん。ミャーは泊まるって。飯田は、夕飯を食べてから、帰ると思う」

「泊まるんですか?」

「うん」

 あたりまえのことみたいに言われた。

 今日はじめて会ったような人が、この家に泊まるのか。

 僕は、わりと人との距離感をとりたいたちなので、いやだなーと思った。気を使ってしまって、疲れそうだな……。


「夕ごはんって、何時くらいがいいですか?」

「……いや。夕飯は、俺が作るから」

「そういうわけにはいかないです。ご友人のみなさんと、ゆっくりしててください」

「いや、でも」

「本当に、おまかせしちゃって、いいんですか?」

「いいよ」

「僕の仕事がなくなります」

 隼人さまが、はっとしたような顔をした。だけど、すぐに、気をとり直したみたいだった。

「同居人だって、言っただろ。遠慮しなくていいから」

「……そうですか?」

「うん」

「いや、でも、やっぱり僕が作りますよ」

 すごく悲しそうな顔をされた。なんでだろう。

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