≪護≫6

「護。水、出しすぎ。やめて」

「えっ?」

「洗剤をつけてる時には、水はいらないから。蛇口、しめて」

「あ、はい。すみません」

 注意されてしまった。へこんだ。

 ゼラニウムの植えつけが終わって、家に戻ってから、台所でお皿を洗っていたところだった。


「家で、注意されなかった?」

「皿洗いは、したことなかったです」

「だからか。だったら、俺が代わりにやるから」

「え……。できるんですか?」

「できるよ。見ててもいい」


 ほんとに、できるのかな。僕とどっこいどっこいだったら、笑ってやろうと思って見ていた。

「うっそ……」

 すごく、手ぎわがいい。びびった。

 所作がきれいで、動きに無駄がない。

 早いけど、ていねいだった。ぜんぜん、雑じゃない。

 やばい。プロの料理人みたいなんだけど。なに、これ……。

 水切りかごに、あっというまに、お皿とお茶碗とコップが並んだ。

「拭かないんですか?」

「置いておけば、勝手に乾くよ。乾いたら、戸棚にしまう」

「あのー。食洗機とか、つけないんですか」

「そんなお金は、ない」

 冗談かなと思った。だけど、僕が見上げた横顔は、笑ってはいなかった。

 整った、きれいな顔をしていた。

 イケメンすぎて、ひいた。



 僕の部屋に、隼人さまが布団を持ってきてくれた。

 この布団は、二階の小さな和室にしまってあったらしい。


「なにかあったら、遠慮なく言って」

「あ、はい。ありがとうございます」

 頭を軽く下げた。隼人さまが、はっとしたような顔をした。

「……なにか?」

「いや。『ありがとう』と言われるのは、いいもんだなと思って」

「はあ……」

 よくわからなかった。



 ひとりになってから、家に電話をかけた。

 紗恵が出た。

「護ちゃん。やっほー」

「うん。そっちは、どう? 変わりない?」

「なーんにも。ねえねえ、しつじになった感想は?」

「うーん……。なったのかな。自信がない」

「えー? なんで?」

「お屋敷じゃなかったんだ。僕が、住むのは」

「そうなの?」

「うん。ふつうの……民家。ふつうの家」

「なーんだ! そうなの」

 がっかりしたみたいだった。

「でも、紗恵が好きそうな、イケメンには会えたよ」

「ほんとっ?」

「ほんと」


 電話を切ってから、ぐったりしてしまった。

 これから、ここで、どのくらい暮らすことになるんだろう……。

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