≪護≫4

 翌日。

 朝ごはんを食べさせてもらった。おいしかった。

 個室に戻ろうとすると、メイド長から話しかけられた。

「では、そろそろ」

「はい……」

 さっそく、屋敷から出されることになった。まるで、追いだされるみたいだなと思った。


 西園寺家の運転手さんが、隼人さまの家まで送ってくれた。

 家っていうか……。

 民家だった。古い。

 私邸って、これか?!

 ぼろすぎるだろ!

 運転手のおじさんが、車から下りもせずに、「がんばってな」と声をかけてきた。うっせーわ! とっとと、お帰りください!

「ありがとうございます……」


 車が行ってしまった。

 歩道から、家の敷地に入る。家の前には、庭らしいものがあった。でも、花も、草もない。なにもない。新しそうな自転車だけが、ぽつんと置いてあった。

「やばいな……」

 小声で、つぶやいた。


 玄関のチャイムを押した。ピンポーンという音のかわりに、ジーと鳴った。

 僕が指を離すと、止まった。押した時だけ、音が鳴るらしい。

 そのまま、大人しく待っていると、引き戸がするするっと開いた。

「いらっしゃい」

「お邪魔します」

 隼人さまの顔を見て、あれっと思った。前髪が下りている。

 整った顔は変わらないけど、昨日見た時よりも、もっと若く見えた。大学生みたいだった。

 黒いトレーナーを着て、ジャージのズボンを履いている。

「荷物、それだけ?」

「はい……」

「部屋に案内するから。上がって」

「失礼します」


 家の中は、古かったけど、汚くはなかった。

 きれいに掃除されている。

 土間玄関は広かったし、廊下から見ただけでも、部屋の数が多いのはわかった。

 広い家なんだ……。


 居間っぽい部屋に通された。

 広々としていた。十畳以上は、ありそうだった。

「実は、まだ、君の部屋をどこにするか、はっきり決めてなくて」

「はあ」

「自分で選んでもらっていい?」

「えっ。いいんですか」

「うん。一階と二階だったら、どっちがいい?」

「えー。見せてもらってからでも、いいですか?」

「そうだよな。まず、見ようか。荷物は、ここに置いて」

 このへんで、また、あれっと思った。

 昨日よりも、態度がやさしかった。やさしいっていうか、おだやかな感じがした。

 昨日は、機嫌が悪かったのかもしれない。もしかして、怒ってた? だとしたら、なにに対して?


「一階は、この居間と、和室が二つ。あとは、台所と浴室。

 二階は、洋室が三つ。小さい和室が一つ」

「部屋、多いですね」

「多いな。俺は、二階の洋室を二つと、一階の和室を一つ使ってる」

 廊下を歩く背中を、追いかけていった。


「ここが、一階の和室」

 六畳くらいの部屋だった。畳の色はあせてるけど、日当たりはよさそうだった。

「俺のおすすめは、この部屋かな。畳が、いやじゃなければ」

「押し入れがあるの、いいですね」

「うん。古い家だからかな。収納が多い」

 部屋から出て、廊下に戻る。

 廊下を、玄関から見て左に進んでいく。奥に、階段があった。

「踊り場がないから、足元に気をつけて」

 声をかけられた。ここで、三度目の、あれっがきた。

 この人、ふつうに、いい人なんじゃないのか?って。


 二階の部屋を見てから、一階の和室に決めた。

 洋室といっても、フローリングじゃなくて、じゅうたんだった。ベッドを買うような余裕はないよなと思ったのと、じゅうたんに布団を敷くよりは、畳に敷く方がましだなと思ったから。

 べつに、隼人さまがすすめた部屋だからっていう、わけじゃない。……たぶん。

 荷物の整理は、すぐに終わった。

 居間に行くと、隼人さまは、スマホをいじっていた。

「もう、大丈夫です」

「うん。携帯、ある?」

「あります」


 連絡先を交換した。

 隼人さまの電話番号と、LINEの情報を手に入れてしまった。

「外、歩いてきていいよ。右に少し歩くと、商店街がある」

「はあ……」


 ダッフルコートを着て、家の外に出た。

 歩道を右に進むと、商店街の入り口があった。

 小さな商店街だった。下町だなと思った。

 八百屋と、魚屋と、コロッケを売ってる肉屋。

 花屋があった。鉢に入ったゼラニウムを、三つ買った。

 自分でも、どうしてそんなことをしたのか、よくわからなかった。

 庭のようで庭じゃない、土だけの庭に、植えてみようと思った。

「スコップとか、ありますか」

「ありますよー。550円です」

 鉢植えと一緒に買ってから、スコップは百均で買えたな、と思った。

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