第4話 チュートリアル2

 リオはいかにもスポーツ少年といったハンサムガイだったが、意外と繊細な性格をしているようで、また顔色が悪くなり、純粋に心配になってしまった。


 部屋を包む異様な空気は息苦しく、普段の平和とは正反対にあった。




 唐突にピコン、という通知音のような音が鳴った。


 どうやら全員が聞こえたようで、リオの場合、少し肩が飛び跳ねていた。


 通知音とともに空中へ出現したテキストボックスには、「チュートリアル1▼」と表示されている。


 下向きの矢印が、なんとなく押せるような気がしたので押してみると、想像通り説明文がプルダウンして表示された。




チュートリアル1▲

転移者には必ず「心が魔力を纏って」生み出された分身体が戦闘補助として着きます。自身の分身は、〈ステータス〉を開くことで確認できます。(分身体は死亡すると消滅し、それぞれの準備時間が経過した後再召喚されます)分身体には〈階級〉が存在し、〈階級〉を上げれば上げるほど分身の〈技能の樹〉を成長させ、特殊な技能を獲得することができます。また分身の階級が上がることで、分身の基礎戦闘能力が向上する他、転移者自身に割り振ることが出来る〈ステータスポイント〉を獲得します。〈ステータスポイント〉1ポイントにつき、該当のステータスが1倍ずつ倍加されていきます。※〈ステータスポイント〉は、1度割り振った後に設定を変更することはできません。




 この文章には、まさに魔力が宿っていると表現できるほど、転移者の意識を劇的に変化させる力があった。


 僕は、改めてゲームだとしか思えない状況に混乱しかけると同時に、ライトノベルで読んだことのある現場に立たされ、尋常ではない興奮に体が痙攣を起こしていた。


 他の転移者からも、前向きな反応が漏れているところを見るに、分身の存在によって自分が戦わずに済む可能性に希望を持ち始めているのかもしれない。




「僭越ながら、皆様はこれから協力して戦われる事になると思いますので、お名前や分身の〈役割〉を共有しておかれた方がよいかと思います。」




 ラーフさんは極めて低姿勢を貫きつつも、転移者を先へ先へと促している。彼の低姿勢は、少なくとも僕にとっては救いになっていた。彼が初めてであった異世界人で無ければ、僕はここまで冷静な心を保っていられなかっただろう。


 この意見に全員が賛成し、時計回りに自己紹介をすることになった。


 僕は「戦う」という言葉に、全く反論がおきなかった事に気づいた。分身の存在によって、戦うことに前向きになったのだろうか?


 1番最初はグレンさんの順番だった。グレンさんの横には、黒いローブに身を包んだ女性と思われる人が座っている。顔はフードに隠れて見えないが、髪はどうやら赤髪のようだ。




「俺はさっきも自己紹介させてもらったが、グレンだ。よろしく。で、えーっと......」




 グレンさんは、空中で指をさまよわせ、ステータスを操作している。知らない人が傍から見ていると、変わった人に見えてしまうので要注意だと自分に言い聞かせる。




「分身び右には〈魔女〉って書いてある。ところで役割ってなんだ?」




「それは私が説明させていただきます。」




 ラーフさんの説明によると分身の役割とは、階級の上昇によって得られる技能の方向性が示されているという。




「例えば役割が魔法使いであれば、魔法を強化してくれるような技能を得ることができると思います。この役割を、先代の方々は役職と呼んだりもしていたそうです。」




「なるほど......というか、魔法を使うことができるんですか?」




 グレンさんは、驚きというよりも半信半疑といった様子だ。




「ええ、勿論です。先代の方々の情報が納められた書物の内容は、私がすべて記憶しておりますが、異世界人である救世主の方々とその分身達は全員、魔法を覚えることができたそうです。」




 おお、と数人が反応した。それには僕も含まれる。




「なら、俺の分身は魔法特化ってことか。魔女の俺、よろしく......なんて呼んだらいいんだ?」




 その質問に対して、グレンさんの分身は、女性にしてはやや低い声で返す。




「そうね......名乗るとしたら私もグレンという事になるけれど、それだとややこしいかもしれないね。」




 グレンさんは若干驚いた顔をした後、「ならグランとか?」と言った。




「適当だが、それでこそ私に相応しい。」




 フードの中のグランはどうやら微笑んでいるようだった。名付けられてうれしいのだろうか。


 グレンさんの隣の席に座っていたのは、ブロンドのセミロングが似合う白人の少女だ。




「私はシャルロッテ。そのままシャルロッテって呼んでも、シャルって呼んでくれても良いですよ、よろしくね。で、分身の役割は〈侍〉ね。」




 シャルロッテの隣に座っているのは、かなり大柄で、袴を着て腰に刀を2刀挿した男だ。この人は僕が起きた時からなんとなく目立っていた。




 その右の席にはリオと、その分身の〈狩人〉。次に白人で、30代前後と思われる女性のユルバさん。分身は〈傭兵〉だった。


 その次はどうやら日本人のようだったが、彼は見た目から推察すると浮浪者だった。そして歳はどう見ても還暦を過ぎている。その隣にちょこんと収まっている小学生くらいに見える少女が、やはり彼の分身のようだ。


 彼はステータスの操作に難儀しているようで、しばらく静かな時間が続いた。




「おれはかずゆきっていうんだけんじょも、なんが、俺はあしでまといになりそうで申し訳ねえんだ。」




 そう言って頭を下げた彼も、何に対して謝っているのかも分からないのだろう。彼にも当然普段の生活があって、彼も勝手に見ず知らずの場所に飛ばされた被害者だ。




「何も申し訳ないことなんて無いですよ!それよりも分身の子、可愛いですね!どんな役割なんですか?」




 明るい声で溌剌と話したのはシャルロッテだ。さらっと分身の情報交換を促す手腕は見事だと思った。




「えーっど、〈獣遣い〉って書いである。」




「へー、ってことはモンスターテイマーってことかな、すごーい!」




 そう言ってシャルロッテは、かずゆきの隣に座った少女の、クリーム色の髪を撫で始めた。


 少女はくすぐったそうだがまんざらでもないようで、にっこりと笑っている。




 とうとう、順番は僕へと回ってきた。


 僕は、ここまでステータスをずっと開かずに居た。ステータスは、言葉で表すと腕時計を見るような感覚でいつでも見られるのだが、開けずにいた。僕はずっと怖かった。自分自身の存在価値が数値化されると言って良いその〈ステータス〉は、自分に対する淡い期待と共に、それを打ち砕かれる絶望も孕んでいる。


 恐る恐るステータスを呼び出す。




未来


SP:0


割り振られたSP:0




習得魔法:0


習得技能:予知の魔眼


特殊技能:0




メニュー ▶︎


分身ステータス ▶︎




 分身ステータスの右矢印を押すと、画面が切り替わった。




分身:預言者


階級:0


技能の樹:1% ▶︎




習得魔法:0


習得技能:予知の魔眼


特殊技能:0




 預言者......?これは、まさに最強格と言っても良いのではないだろうか。


 預言者ということは、もしかしたらこれから先の未来を知る力があるかもしれない。純粋な戦闘職より有用に違いない。


 僕は、人型の自称神に心の中で感謝を告げる。今日は幸運な日だと思った。




「僕は未来って言います。分身の役割は〈預言者〉です。よろしくお願いします。」




 集まる視線に緊張しながら、何とか話す事ができた。僕は目立つことが苦手で、大人数の視線の前に立たされると、どうしても緊張しすぎてしまう。


 預言者という役割はやっぱり特殊に感じられるようで、反応は大きかった。


 それから段々と打ち解けて、しばらく職業や、ここに飛ばされる前の話をした。


 不思議だったのは、全員がインターネットで同じようなサイトに応募したのだが、言語が人によって違っていたことだ。


 リオは「登校中に飛ばされたから、カバン盗まれてねーか心配なんだよなー」とボヤいていた。


 そして1番驚いたのは、グレンさんがまだ26歳だという事だった。てっきり30代後半かと思っていた。グレンさんは「老け顔なのが悩みなんだよねー」と笑っていた。


 シャルロッテさんは僕でも知っているような海外の著名大学に在籍しているらしく、少しコンプレックスを感じた。




「では、今日はもうお疲れでしょうし、皆様にこれから滞在していただくお部屋を案内させていただきます。」




 ラーフさんは、今は安心したような表情をしていた。ずっと緊張していたのかもしれない。


 あくびがひとつ漏れる。この場所に来てからまだそんなに経っていないはずだが、かなり疲労感を感じている。緊張と恐怖は、長続きすれば心が持たないだろう......リラックスしないと。




 楽観的すぎるかもしれないが、異世界での暮らしもそう悪くならないだろうと思えた。


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元プロゲーマーと予言者の訳アリ異世界無双 @takoyade

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