第2話 プロローグ2

 冷たい風を肌に感じる。


 服越しに伝わってくる床もひんやりとしていて、普段寝ている布団ではないようだ。


 周りからは、知らない人たちの話し声が聞こえる。学校のお昼休みにも似た喧騒。




 瞼を開けようとするが、まつ毛に目やにがこびりついて痛い。




(いったいどれだけ眠っていたんだ?それにここは......)




 かろうじて目を開けると、自分が起きた場所が自分の部屋じゃない事に愕然とした。


 僕が横たわっていたのは、全体的に白を基調にした、神殿のような建物だった。


 壁には壁画があり、この白い神殿の壁全体がキャンバスに見える。




床を見ると、象形文字のような物を円になるように等間隔で配置した、魔法陣に似た文様が刻まれている。




(もしかして、怪しい宗教団体の施設に連れ込まれたのか......?)




 辺りを見渡すと、ざっと人が10人程いるようだ。


 それぞれの反応を見るに、全員この状況を把握出来ず、困惑しているように見える。


 何人かは大声で何かを言い合っている。


 スマホが圏外で本格的に身の危険を感じる者や、この状況でずっと本を読みふけっている者、どうしようと何度も呟いている小学生くらいの女の子......




 どうやら様々な人種の人々が集められているらしく、見た目の特徴も、服装も、身に纏う雰囲気さえも異国情緒だ。


 だが、聞こえてくる彼らの話し声は日本語を話している。それも、生まれつき日本で暮らしていたかのような、流暢な日本語だ。


 日本では見たこともないような髪型や、服装をした人達が日本語を話すのは、非日常的な光景だった。




 それにしても、この部屋は異常だ。


 窓もなく、照明もない密室なのに、日向にいるような明るさだ。


 そして出入口がひとつも無い。


 優雅な壁画さえ無ければ、刑務所のようだ。




(どうしよう......状況を確認したいけど、話しかけるのも怖いし......)




 元々内気な性格だが、ピリピリした雰囲気の外国人に話しかけるのはそれ抜きにしても怖い。


 妙に目つきの鋭い男や、前腕が丸太のように太い男もいる。何者?




 そして、ずっと気になっているのは、僕のま後ろにいる人。ぱっと見の感じから恐らく女性。先程からずっと視線を感じている。


 不躾に眺めるのも失礼だと思ったので、あえて見ないようにしているのだが、なんだかずっと見られているような気がする。気のせいだろうか。




 普通なら話しかけるべきなのだろうが、僕は女性に苦手意識があり、なかなか話しかけることが出来ずにいる。




(落ち着け、落ち着け......)




 ゆっくりと深呼吸をして、さりげない風に見せかけながら振り向き、今見つけたように装う。そしてさりげない挨拶。




「あのー」




「あ、やっとこっち見てくれましたね。初めまして、未來さん。」




 思ったよりも若く、温もりを感じさせる、落ち着いたメゾ・ソプラノの声。自然と顔へと視線が誘導される。




「ひっ」




 まず僕は、決して普段から女の子に話しかけられる度、こんな情けない声を出しているわけではないと弁明しておきたい。


 そして、今の脊髄反射で飛び出した悲鳴は、まさしく「幽霊」を見たときの悲鳴に等しかった。




 雪のように曇りのない白い髪、清涼な輝きを放つターコイズブルーの双眸に、息をのむほどに美しい、あどけない少女の顔貌......


 この少女の姿は、学校の授業中に脳内で生み出した、自分しか知らない仮想の少女だった。




 視界がぐらつき始める。地震でも起きているのかと思ったが、それは自分の錯覚だと気づく。


 ゲシュタルト崩壊のように、見ている物の何も意味を成さなくなる。


 目の前の「それ」は生き物ですらなく、何か得体の知れない物なのではないか......




 いきなり、こめかみを抉るような偏頭痛が起き、小さく呻く。


 僕を現実に引き戻したのは、脳内で響く唐突なアナウンス音だった。




ーーピンポンパンポーン。神様からの、ゲーム内ガイダンスだよ!皆、聞く姿勢はできてるのかナ?ーー




 機械音声のようだが、妙に抑揚の効いた、人間味のある音声。


 一瞬にして、この空間は静まり返った。


 皆一様に、どこからこの声がするのか探しているようだ。




ーーはーい、皆さんが静かになるまでに、3秒かかりました!皆さん、私は同じことを言わない主義なので、一言も聞き漏らさないでくださいね?今皆さんが居るのは、剣と魔法があるファンタジーな異世界なのです!ーー




 部屋のちょうど中心辺りに現れた、ピクセルアート風の人型キャラクターは、小さく跳ねながら口を開いたり閉じたりしている。話していることを表現しているのか?




ーー皆さんにはこれから、この世界で魔王軍と戦い、見事打ち勝っていただきたいのです!ーー




 部屋中に人型の声が響き渡るが、聴衆は呆けた顔しかできない。現実に起きえないことに対して、脳が拒否反応を起こしているかのようだ。




ーー勿論、タダでというわけではございませんのでご安心ください!ーー




 その声と同時に現れたテキストボックスは、視界の中心......空中に浮かんでいる。




 〈魔王討伐報酬〉




  EASY:半年以内  賞金:10億円


  NORMAL:1年以内  賞金:100億円


  EX:2年以内  賞金:1000億円




 僕は、この金額を見ても、全く衝撃を受けなかった。10億円という大金は、全く想像ができないし、そんな大金が貰えるという話も当然信用できなかった。


 他の人たちも、首を傾げたりして、そもそも話自体に着いていけてないようだ。




ーー御覧の通り、最長2年以内に無事魔王を討伐することができましたら、皆様方には莫大な富を手にして地球へと帰ることができるのです!!ーー




 人型は、大仰な身振り手振りで説明を続ける。




ーーそして皆様方には、皆様方の心から生まれた分身である、パートナーと共闘していただきます。ーー




(心から生まれた......?分からないことだらけすぎて何言ってるかわからん......)




 再度、室内は困惑に包まれた。


 神を名乗る人型は、話すことが尽きたのか沈黙している。部屋の誰も物音をたてない。物音をたてれば、取り返しがつかないことになるとでも言うかのように静まりかえっている。




 突如、一人の男性が前に歩み出た。歳は大体壮年位に見える、坊主頭のスレンダーな白人男性だ。


 男は、人型まであと一歩の距離まで歩くと、立ち止まる。




「すみませんが、説明が足らなすぎるんじゃないですか?」




 男は、存外穏やかな声をしている。安心させられるような声だ。




ーー勿論、質問なら何でも受け付けますよ!ーー




 ぴょん、ぴょん、とはねながら話す人型の機械音声は、溌溂として、無邪気な子供を見ているかのようだ。




「では質問ですが、その魔王......というのは、本当に実在しているんですか?」




ーーええ、もちろんですとも。後でこの世界の方から説明があると思いますが。ーー




「そうですか。次に、あえて質問しますが、魔王を討伐......魔王というのが何者かも知りませんが、魔王を討伐するのは、我々が、自身の手で、と言うことですか。」




ーーそのとおりでございますーー




「我々が戦わなかった場合は、どうなりますか。」




ーー皆さんが魔王との戦闘を放棄した場合、魔王の軍勢は人の生息圏を尽く焼施し、人を一人残らず捕食する事でしょうーー




部屋の中心に居る人型は、絶えず微笑み続けている。


 先ほどまで無邪気な子供に見えていたものが、言う事一つで悪魔に見えるのだから言葉の力は偉大だと思う。


 人型と対峙していた男は、急に表情を険しくすると、人型を睨みつけ始めた。




「お前、勝手に意味不明な場所に連れてきやがって、戦えとか意味わかんねぇんだよ!とっとと帰らせろや!」




 男のがなり声は、離れていても耳を押さえつけたくなるほど大きく、空気が震えているようだった。




ーーえー、本当に残念ではございますが、皆さんに残された道は魔王を倒す事でしか切り開けないのです。まあ後の説明は、この世界の人たちに聞いてくださいネ。では、そろそろお時間ですので、またお会いしましょうーー




 人型は、急に反転し、歩き出すと、空気に溶けるようにいなくなってしまった。


 部屋に残されたのは、静寂と、困惑と、そしてわずかな恐怖。


「ピンポンパンポーン、記念すべき第一回目のクエストが始まりますので、是非楽しんでくださいね!」




 アナウンスは、ゲームの始まりを告げている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る