アイリーンの主人

 読者の皆様こんばんは。私はミルディナお嬢様付きの侍女で、アイリーン・キャンベルといいます。ルスタリオ伯爵ご主人様がお嬢様を引き取られてから十二年、お嬢様の一番お側でお仕えしているのがこの私!

 初めの頃はお嬢様の言動に驚くことも多かったけれど、流石に十二年お側に居ればもう慣れっこだわ。

 そう……初日の最初のやり取りから驚かされたものだわ。だってお嬢様ったら、貴族令嬢らしからぬことを言うんだもの。


『身支度は自分でするわ。ここに関しては手を出さないでちょうだい』


 これはまず、ご主人様が平民か孤児の娘を拾って来たのかと思ったわね。そうだとすればドレスなんて自分では着られないでしょうし、すぐに泣きついてくると思っていたの。

 それに貴族以外の娘なら、室内用のドレスと外出用のドレスも区別がつかないだろうから、間違えて外出用を着て出てくるんじゃないかとも思ってたし。

 ところがどっこい! 翌朝お嬢様は完璧なまでに室内用のドレスを着こなして出て来たのよね! それから今まで十二年、お嬢様が室内用のドレスと外出用のドレス、更に言うならパーティー用のドレスだって間違えたことなんて一度も無いの! 私達侍女は何も言ってないし手伝ってもないのによ!?

 で、次に驚いたのはお嬢様の習慣。朝起きた時と夜寝る前に、お茶を飲むんですって。紅茶を好まれているみたい。

 この国では紅茶は身体に悪いとされているから、みんな朝はコーヒー、夜はワインを飲む習慣がある。でもお嬢様は紅茶を求めた。

 コーヒーと同じ淹れ方ではないからって、初めはご自身で紅茶を淹れてやり方を教えてくださったの。しかもそれがとても美味しかったのよ。

 何よりお嬢様が言うには、紅茶は身体に悪いどころか、集中力を上げてくれるだとか、アレルギーの緩和だとか、病気の予防にもなるんですって。まさかよね……。

 他にも驚いたことはあって、二年ほど前、領地内で獣が異常発生した時にお嬢様が自ら現場に行ったことがあるの。剣を握って、先陣を切って獣を討伐したらしいわ。

 その時に着いて行った騎士団いわく、誰よりも多くの獣を討伐したのがお嬢様だったらしいの。

 美しくて優しくて、レディとしてのマナーも完璧で、その上お強いだなんて……最高の主に恵まれたわ!

 今日も執務室でお嬢様の隣に控える私は、書類の整理などの補助をする。書類を見て、判を押して、ものによっては指示を出してと手際良く処理をしていく中、お嬢様が一枚の書類を私に差し出した。


「この後、この処理に向かうわ。夕飯までには帰るから──」

「お仕事中失礼致します。ミルディナお嬢様」


 ノックの音のすぐ後で、執事が一人入ってくる。お嬢様の言葉を遮るなんて、失礼ね。

 不満を隠さない視線を送っていると、執事が困っているような様子なのが分かった。別に私は何もしてないわよ?


「その、今こちらに、リンドバーグ侯爵様がお見えに……」

「閣下? 良いわ、通して」


 え? 今日来るなんて言ってたかしら? いや、侯爵様は割といつも前振り無く来るわね。無礼だけど、それがまかり通っちゃう立場っていうか。

 というか侯爵様、本当にしょっちゅうお嬢様に会いに来るのよね。暇なのかと思っちゃう。二人で話してる時もあるかと思えば、何も言わずお嬢様のお仕事を見てるだけの時もあるんだもの。

 傍から見てると、侯爵様は本当にお嬢様のことがお好きなんだって思うのだけど……当のお嬢様がそれには気付いて無さそうなのよね。以外と鈍感でびっくりしちゃうわ。


「今日も来たのですね。どのようなご用件ですか?」

「相変わらず冷たいな。用が無いと来ちゃいけないのか?」

「わたくしもこう見えて忙しいものですから」


 笑顔でサラッと侯爵様をあしらうお嬢様は本当に怖いもの知らずだと思うわ。これが身分を気にするお堅いオジサマだったりしたら、怒られてるところよね。

 やれやれ、なんて苦笑するだけの侯爵様も侯爵様ね、なんて事ないようなお顔をされるからお嬢様に気付いてもらえないのよ。


「まあ、今日は用もあるんだ。聞いてくれ」

「何でしょう?」


 用事や話があるって言えば、お嬢様も仕事の手を止めてちゃんと侯爵様に向き合うのよね。流石だわ。


「三つの侯爵家が怪しい動きを始めたのは知っているか?」

「ええ。まだ隣国からの正式な宣戦布告も来ていないのに、集めた浮浪者達に武器の支給を始めていましたわ」

「浮浪者達に紛れて調べたところ、発表されたアンディとの婚約破棄が信用出来ずにお前を攻撃しようとしているようだった」

「まあ……それはご苦労なことですわね」

「呑気に言ってる場合か」


 何てこと……今回ばかりは侯爵様に同意だわ。狙われているお嬢様が呑気にしててどうするのよ。

 ため息をついた侯爵様が、開きっぱなしだった扉の向こうから誰かを呼ぶような仕草をする。すぐ現れたのは、武装した男の人。


「こいつはカルヴァート。うちの騎士団の団長だ。しばらくこいつをお前の護衛に付けようと思う」


 騎士団の……団長……!?

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訳あり悪役令嬢は侯爵様に溺愛される 水澤シン @ShinMizusawa

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