正式な婚約破棄へ

「正論だな」


 ひとつ、ミルディナに同意する声は、国王のものだった。


「だがミルディナ、この国でその考え方は少し古い。私の父はそうした。だが私はそれを選ばなかった。決められた相手ではなく、私自身が選んだ相手を王妃に迎えた」


 十分な教育の施されていない者。まして出会い選んだ時には立派な大人だ。人の上に立つ者としての資質があるか無いか、それからの王妃教育が出来るかどうか。

 答えは否であることの方が多いだろう。それなのに、感情を優先するというのか。

 その選択は、ミルディナには分からないことだった。


「なるほど。内乱を回避する為と、リナーシェを王妃に据える為、か。ミルディナはリナーシェにその資質があると判断したからそう申し出た。そういうわけだな?」

「はい、陛下」

「ミルディナは始めから今もアンディへの恋情は無く、アンディはリナーシェと共に在りたいと願う、か?」


 考えをまとめるように国王が先までの話を復唱する。それを聞いてハッとした表情を見せたアンディが口を開いた。


「私は浮気などしていない! 婚約破棄を申し出たあの日までリナーシェに想いを告げたことも無かったし、この一年間のことが無ければミルディナとの結婚を進めるつもりでいた。誰より国を憂う、ミルディナとならやって行けると思っていたからだ」


 割り切ってはいたと、感情だけを優先してはいなかったと、アンディは言う。婚約に対して不満が無かったのはアンディも同じだ。完璧な淑女とも言われるミルディナとなら、国を盛り立てていけると確信していた。

 あの日婚約破棄を申し出たのは、感情に任せて嫌がらせなんてするほど低能なのかと、失望してしまったからだ。

「お前達が自らの望みを叶え幸福を得ることこそが、私が何より望むことだ」と、昔、父が言っていた言葉が、その時になって浮かんだ。もしかしたら、今ここでリナーシェを選んでも、父はそれで良いと言ってくれるのではないか、と。

 結果、国王がミルディナを安易に手放したくないという思いと、アンディとミルディナが想い合っているという勘違いで婚約破棄を受理されずに時が流れてしまったわけだが。


「けれど、リナーシェ様に懸想なさっていたのは事実でございましょう?」

「それは……っ」

「責めるつもりはありませんわ。婚約に不満は無いとは言っても、実の所わたくし自身、殿下との結婚が困難である理由がありました。内乱の気配とリナーシェ様のことは、わたくしにとっても都合の良い口実だったのですわ」

「理由?」


 また、国王とアンディが眉を寄せる。それにひとつ頷き、ミルディナは考えるように目を伏せた。

 また、先は一度否定した「婚約に不満」という理由が彼らの脳裏によぎる。理由とは、と国王に急かすように問われ、ようやくミルディナはゆっくりと顔を上げた。


「お話することは出来かねますわ。ただそれはわたくしの個人的な理由であり、決して陛下や殿下に問題があるわけではない、ということだけ知っておいてくだされば十分でございます」


 深くは語れない。だが、どのみち一度は破棄を言い渡された婚約だ。後付けの理由など必要もないだろう。

 それからもしばらく問答を繰り返した後、国王は座っている玉座の脇に持っていたステッキで床をコツンと鳴らした。


「良かろう。ではここに、アンディ・フロムナードとミルディナ・ルスタリオの婚約破棄を認め、リナーシェ・アンブローズとの正式な婚約は、彼女の王妃教育が進んでからとする。それで良いな?」

「はい。ご高配に感謝致します」


 凛々しい威厳ある国王の物言いに、ミルディナはドレスをつまんで丁寧に頭を下げる。これで、目的のひとつは達成された。

 後は、目の前に差し迫った隣国との戦争を回避する手段についてだ。内乱の原因を取り除いたことで、侯爵達の用意した兵力が今度は戦争に向くのを阻止しなければならない。

 その日の国王との謁見は、昼過ぎから始まり夜までかかった。

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