純粋な乖離
上座に座る国王を前に最敬礼をとるミルディナは、誰から見ても最上級の淑女だ。下らぬ嫉妬で他の令嬢に嫌がらせをするような人物には到底見えない。
同じことを思ったのか、国王の傍らではアンディ王子が渋い顔をしている。何故か同席しているアルドウィンは笑いを堪えている様子だ。
「ミルディナ」
「はい」
「そなたは先日、アンディとの婚約破棄を了承した、と聞いたのだが?」
「はい」
その日からもう随分経っている。一体国王は何を考えていたのか。
下げていた頭を上げ国王を見上げて、ミルディナはまっすぐ見つめた。
「そのことについてお話がございますわ」
「ふむ…………発言を許す」
「ありがとうございます」
またひとつ礼をし、再び顔を上げる。既に人払いはされてあるし、隠れている人の気配も無い。話をするのにその点を心配する必要はないだろう。
まず初めに、婚約破棄は自分がそうなるよう仕向けたものだということを話した。どういうことだ、と返る問い。アンディが気に入らなかったのか、と。
尤もな考え方だ。そう捉えられても仕方ないことでもある。
「婚約に対しての不満はありませんでしたわ。ただ、問題を見付けてしまったのです」
「問題?」
「わたくしとアンディ殿下との婚約が気に入らないという理由で、リンドバーグ侯爵様以外の三家の侯爵様達が内乱を起こそうとしていたのですわ」
「何だと?」
国王は眉を寄せ、一度アンディと顔を見合わせて、それからアルドウィンの方を見た。彼はひとつ頷いたのみで、黙したままミルディナの話を聞くよう促す。
皆の視線を受けて、ミルディナは説明を始めた。これまでに確認した侯爵達の動き、それによる確認されている、もしくは今後起こりうると予測される弊害、そして現に今、そのせいで隣国から戦争が仕掛けられそうだという事実。
そこから、アンディから婚約破棄を言い渡されるように計画を立てたこと、アンディが気に入っているリナーシェが王妃になれるような教育をアルドウィンに進言したことも、全て。
話し終えると、何を思ったのかアンディが少し目を伏せる。
「……つまり君は、私に対しての情は何も無かったと?」
「殿下がやがて国王になるならば、それは喜ばしいことだとは思っておりましたわ。それに際してこの国のため、わたくしに出来ることがあればしよう、と思う程度には」
「そうじゃない」
淡々と話すミルディナの言葉に首を振り、どう言えば良いのかと考えている様子。本気で分かっていないミルディナと、どうにも説明に悩んでいるアンディの様子を見て、察したようにアルドウィンが口を開いた。
「ミルディナ嬢は、アンディに対しての恋情は一切無かったのか?」
「……はぁ」
なるほど、とでも言いたげなミルディナは、また少し考えるような仕草をする。
「地位の高い者の結婚において、それは必要なものですか?」
純粋に、本気で思っていることだとでも言うように、そう言った。ほぅ、と呟くのは国王のみで、アンディとアルドウィンは驚いたようにミルディナを見つめる。
「正直に申し上げますと、ルスタリオ伯爵に引き取っていただく前、生まれ育った場所も、それなりに高い地位の家柄でしたわ。生まれて間もなくより婚約者は決まっており、その地位に相応しく在るよう教育され、結婚する。自然な流れであり、そこに恋情など不要。そのお相手が好いた相手であれば幸運、というだけのことですわ。人の上に立つ者に必要な資質さえあればそれを選択し、己の感情など二の次にすべきではありませんの?」
呆然とする二人を前に、ミルディナは淡々と語る。自身はそのように育ってきた、と。
自由に恋愛し結婚出来るのは市民の特権のようなものだ。高い地位の者として生まれた以上は、いくら好いた相手であっても資質が無ければそれを選択は出来ない。
その点、リナーシェは男爵令嬢と、貴族の中では低い地位だと言え、資質がある。教育さえ施せば立派な王妃となりうるだろう。
告げたミルディナのその考え方は、アンディとアルドウィンには分からないことのようだった。
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