新たなる脅威
次に舞い込んで来たのは、隣国が戦争を仕掛けてくるという情報だった。長らく膠着状態が続いていたという国だ。恐らくは侯爵達が武器を集めているという情報をどこからか入手し、それを理由に開戦するつもりなのだろう。
内乱を抑えられる侯爵達のストレスは、戦争で解消されるかも知れない。だが他国との戦争となれば、内乱以上に民に被害が及ぶ可能性が高くなる。
全く、次から次へと悩みは尽きないものだ。
情報を得てまず、ミルディナは屋敷内の書斎に篭った。戦争になった場合、どれくらいの被害が出るか、救援に必要な物資や人員はどのくらいになるか、調べて早急に準備をしておかなければ。
勿論、可能な限り戦争は回避する方向で動くつもりだが、万一ということもある。常に最悪の事態を想定して準備をすることは、何ら問題では無いはずだ。
そんな中、想定通りと言うべきか否か、調べ物中に来客があった。突然の訪問で、安易に断れない相手──アルドウィン。彼は書斎にまで入って来ては居座った。
「リンドグラン国が戦争の準備をしてるって話は聞いてるか?」
いつもなら笑って適当に流すところだが、彼とは今は協力関係になっている。国のため、互いに出来ることはすると。
手元の作業を止めて顔を上げ、ミルディナはひとつ頷いた。
「存じ上げておりますわ。そうならないようにどうするかというところと、そうなった場合に必要なことを纏めていたところですの」
「流石だな」
に、と口元に弧を描くアルドウィンは満足げだが、正直なところミルディナからしてみれば笑い事ではない。
話を続けると彼は、以前ミルディナが提案したことは進めてくれているらしい。だがやはり結果を出すには年単位かかるだろうとのことだった。
仕方ない。侯爵達を納得させるために、いずれはアンディの婚約者となるリナーシェに王妃教育を施そうというのだから。そのためにはまず国王を納得させなければいけないし、教育そのものにも時間がかかる。
そもそも未だアンディとミルディナとの婚約破棄が成立していない。そんな状態で隣国から戦争の気配がしているという現状は本当に頭が痛い話だ。
「戦争と内乱、両方を回避しなければなりませんわ。こうなってしまえば、まずは陛下に直接婚約破棄についてのお話をするのが良いかも知れませんわね」
「内乱の可能性のことも話すのか?」
「ええ。ここで意地を張っていては、逆効果になりかねませんもの」
黙って婚約破棄を仕向けたのは、国の混乱を避けるため。だがその為に内乱や隣国との戦争が起こってしまえば本末転倒だ。
なるほど、と首を捻って、アルドウィンは考え込む。
「だったらミルディナが父上に謁見出来る機会を作らないとな」
「わたくしが自分で申し出てみますわ」
人を頼る前にまずは自分で動く。出来ないことは出来る者に手伝ってもらう。上手く生きていこうと思えば、それが出来れば楽だ。
『出来る』か『出来ない』かは、やってみなければ分からない。自身の実力を鑑みて確実な部分があればそれに見合った行動を取れば良いというだけ。
伯爵令嬢という地位も、まだ解消されていない第一王子の婚約者という立場も、国王に謁見を申し出るには問題ない、どころかやりやすいとも言えるだろう。
まずは改めて婚約破棄を受け入れるようお願いする。その上で何故そうする必要があるのかを伝え、次に内乱や戦争を回避するための策を伝えてみる。
国王に納得してもらえるかどうかは自分の手腕の見せ所だろう。説明や説得は得意な方とは言えないが、出来ないわけでもない。
「さて。そうなると、要点をまとめて……」
机に広げた紙にミルディナがペンを走らせ始めると、それを見たアルドウィンが微笑んだ。室内の適当なソファに座り、彼女をじっと見つめる。
「…………あの。視線が気になりますわ。何でしょう?」
「ああ、悪い。綺麗だと思ってな」
「は?」
意味が分からない。だがアルドウィンは微笑んでいるままだ。
これまで自分が受けてきた視線のどれとも違って落ち着かない。いつもの自分なら視線の一つや二つくらい無視するところなのに、それが出来なかった。
「綺麗なのに、どこかもの哀しい。お前は不思議な香りがするな」
「……香り、ですか?」
「ああ」
意味深に言ったものの、それ以上をアルドウィンの口からは聞けそうになく、座りの悪い中でミルディナは作業を再開した。
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