応じられない求婚

 目の前に立ったアルドウィンを、ミルディナはただ見上げる。


「早期に内乱の可能性に気付く先見の明、一人で計画を立て実行する頭脳と度胸、それを国のために使わんとする愛国心。ただの令嬢にしておくには勿体ないだろう」


 その場に片膝をついたアルドウィンは、すっと手を伸ばしてはミルディナの手を取った。


「ミルディナ・ルスタリオ。俺と結婚してくれないか」

「はい?」


 思わず間の抜けた声が出た。何を言っているんだ、この男は。

 微笑みを浮かべながらも真剣な眼差しを向ける彼の視線をまっすぐ受け止め、にっこりと笑ってミルディナは口を開く。


「他を当たって下さいませ」


 想定外の切れ者だと思っていたが、案外アホなのかも知れない。

 婚約破棄を国王に認められていない以上、ミルディナはまだアンディの婚約者だ。そうでなくとも、アルドウィンは元々王家の者。他の侯爵達が良く思わないのは変わらない。

 それに、他にもミルディナには、この求婚に応じられない理由がある。


「斬新な返答だな。考えもしないのか」

「考える必要が無い程度には分かりきったことだと思いますわ」

「つれないな」


 くつくつと笑うアルドウィンは、言葉ほどは気にしていない様子だ。手を離し立ち上がりつつ肩を竦める。

 元々座っていたミルディナの向かいのソファに座り直し、さて、と続けるアルドウィンはまだ何か言いたいことがあるらしい。


「例えば父上がお前とアンディの婚約破棄を認めたとして、それで内乱がすんなり収まるとは思えない。抑えられたその感情の行き先を求めて、何かしら理由をつけて内乱を起こそうとするだろう」

「想像に易いことですわね」

「だったらその点をどうするか、お前は何か考えているのか?」


 国のため。王位継承権を放棄し王家から離れても尚、彼はそう動いている。なるほど、これなら侯爵の地位も保てるだろう。

 試すような視線を受け、ふ、とまたミルディナは笑んだ。


「わたくしはわたくしに出来ることをしたまでですわ。あとはそちらの問題ではなくて?」

「そうだな。だがここまでして、先の予想もつけて、その上でお前がこれ以上は何も考えていないというのは無い気がしてな」

「まあ。過信されても困りますわ」

「現にお前は」


 更に、彼は言葉を被せるように続ける。


「侯爵達による物資の輸入を抑えている。この調子なら内乱を遅らせることくらいは出来るだろう」

「……」


 ニヤリと笑うアルドウィンの視線を受け止めながら、あくまでミルディナは微笑みを崩さない。

 切れ者、というよりは、情報収集などの暗躍向きなのだろう。

 どこから仕入れた情報かは知らないが、今彼が言ったことも確かだ。内乱の可能性に気付いたミルディナは、その後すぐに裏から手回しをした。武器などの輸入を最小限に抑え、少しでも内乱の勃発が遅れるように。

 現状ですぐに内乱が始まる状況になっていないのは、ひとえにその結果だろう。

 先のことも、考えていないわけではない。だがここから先は自分一人では出来ないことで、協力者が必要だ。事情を知るルスタリオ伯爵の協力は得られることになっているが、それだけで全てが上手く行くとは限らない。

 ここはアルドウィンを味方に付けるのが得策か、それとも。


「…………考えている、と言えば、閣下は協力して下さるのですか?」


 賭けてみるか。彼が「国のため」にどこまでするのか。

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