侯爵様の正体
淡々とした説明を受け、今度はミルディナは頬に手を添えわざとらしく眉尻を下げた。
「偶然が重なっただけではありませんの?」
「残念ながら全員白状したよ。アフターケアをした者達は、お前の指示で動いている」
「まあ。ではそうだとして、何故わたくしがそこまでして婚約破棄を仕向けなければなりませんの? 理由もなくそんな無駄なことをしている暇は、わたくしにはありませんのよ」
言えば今度は、ははっ、と声を出してアルドウィンが笑う。
「無駄と言うなら、大した理由も無くリナーシェ嬢に嫌がらせをすることも無駄なんじゃないのか?」
減らず口、だが尤もだ。噂通りの人物ではないということが、ここまでで十分過ぎるほど分かった。
「勿論、理由も調べた」
「お聞かせ願いましょうか」
「簡単な話さ。うち以外の三つの侯爵家が、内乱を起こそうとしていたんだ」
以前からあった三つの侯爵家。それぞれの領地に、最近こっそりと大量の武器や兵糧とも言える保存食が運び込まれている。
そのまま戦になれば大きな被害は免れないだろうと、素人でも分かる程のものが。
「お前は元々、十二年前にルスタリオ伯爵に拾われただけの、言わばどこの馬の骨とも分からない娘だ。そんな令嬢が自分よりも上の地位を持つというのは、侯爵達のプライドが許さなかったんだろうな」
「そういうことでしたら、リナーシェ様も同様ではありませんこと? 爵位の低い男爵家の令嬢が第一王子のお相手になるだなんて、侯爵様達のプライドを刺激するのでは」
「可能性はゼロでは無いな。だがリナーシェ嬢は生まれついてのこの国の令嬢だ。その差は大きいだろう」
「なるほど。納得は出来ますわね」
頷いて、ミルディナは息を吐き出した。ここまで言われてしまえば、あと納得出来ないことは一つだ。
何故それを、アルドウィンがわざわざ調べたのか。いや、想像には易い。
「つまり閣下は噂通りの人物では全く無く、むしろ働き者だということですわね。
素行の悪さは、王位継承権を放棄するに当たって他の貴族達を納得させるため。加えてそういう調べ物をしているなどとは思わせない目的にも使えますわね。フラフラと出歩いているというのは、その裏仕事のためでしょう。お屋敷に篭っているのでは、市井のことも他国のことも分かりませんものね」
滑々と言えば、アルドウィンはピクリと眉を上げた。図星をつかれて反応を表に出してしまうなんて、若いな、とミルディナは思う。
一方でミルディナは、にっこりと笑ってみせた。
「何か間違っておりましたか?」
「いや」
正解だ、と肩を竦め、アルドウィンはまた笑う。
「認めるということか?」
「そうですわね、それだけ調べがついているのでしたら、認めましょう」
内乱の可能性にミルディナが気付いたのは、いつも行くお忍びの外出で一人の侯爵の領地を訪れた時だった。
一般人には好まれない固い乾燥菓子が、甘く柔らかい生菓子を差し置いて量産されているのを見たことからだ。民は「侯爵様がお好きらしい」と量産そのものは気に留めていないようだったが、菓子の質には不満をもらしていた。
そこから調べを進めると、他の侯爵家も同様に乾燥菓子を量産していた。加えて武器や兵糧が運び込まれ、人も集めている。
経験則から見て、民や王家に勘づかれないようにこっそり準備を進めたとしても一・二年以内には内乱が勃発する可能性が高い。
どうにかしなければと考えていた時に、アンディ殿下の傍にリナーシェの姿を見るようになったのだ。互いに惹かれ合っていることは一目瞭然だった。
早急にリナーシェのことを調べ、彼女ならば今後国に悪影響を及ぼす可能性は低いと考えてミルディナは行動を開始した。アンディに嫌われ婚約破棄されるように、彼が気に入っているリナーシェの害になる人物だと見せつけるように。
「せっかく上手くいっておりましたのに、陛下はまだ婚約破棄をお認めにならないし、閣下には計画を気付かれるし……散々ですわね」
「元々外部の者とは言え、お前程の人物を手放すには惜しいというのは確かだからな」
迷惑な話だ。婚約破棄が認められなければ、内乱を抑えることが出来ない。それに、これをアルドウィンが国王に告げ口するなんてことがあれば、せっかく秘密裏に進めていた計画が台無しだ。
内乱の可能性を表沙汰にしないのは、国のためでもあるのに。
「国を憂うからこそ、お前はこの計画を一人で進めたんだろう」
「!」
「内容によっては父上に話すことも考えたが、そういうことなら俺はこれを口外しない」
きっぱりと言い切ったアルドウィンを、思考を止めてミルディナが見据える。
口外しない。ならばどうするつもりで呼び出したのか。内乱の可能性に対し、自分に出来ることはしているし、これ以上糾弾されるいわれは無い。
様子を窺っていると、アルドウィンはすっと立ち上がった。
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