思わぬ呼び出し
婚約破棄がされたことを義父に報告したミルディナは、予定通り「謹慎」という名目で、ルスタリオ伯爵の領地内にある田舎の別荘へと移った。そこでも義父と手紙などでやり取りをしながら伯爵家を支える為に動いている。仮にも謹慎中の身で公に働けない分、陰で出来ることをしようと考えたのだ。
そうして数日。義父からの手紙に、思いもよらぬことが書いてあった。
「リンドバーグ侯爵のお屋敷にですか」
話を短く復唱したのは、ミルディナ付きの侍女であるアイリーン。
「ええ。これまでも特に接点は無いし、今回のことでと言っても心当たりは無いのだけど」
手紙にあったのは、アルドウィン・リンドバーグ侯爵がミルディナを指名し自宅に呼び出す旨の内容だった。
今でこそ侯爵となってはいるが、元々は現国王の実の息子で、第一王子だった者だ。早々に王位継承権を放棄して王家を出、それに際して侯爵の地位を賜ったと聞いている。喧嘩に女遊びに酒にと素行が悪く、フラフラと出歩いてはなかなか屋敷に帰らないと噂されているが、会ったことも無いので正確な判断は出来ないと思っている。
侯爵が義父に送った手紙では、「屋敷へ来なければ訪問する」といった旨のことも書かれていたらしい。元より理由無く断るつもりも無いが、これは半分脅しのようなものではないだろうか。
「お嬢様、どうなさいますか?」
「行くわ。お義父様と侯爵様に返答の手紙を送って、すぐに準備するわね」
「かしこまりました」
短い問いに立ち上がりながら言い、アイリーンの返事を確認するなりひとつ頷いてミルディナはその場を離れた。
広い屋敷の門の前で、呼び鈴を鳴らす。伯爵家よりも更に広い庭と大きな屋敷にも動じないミルディナの様子に、アイリーンは内心「流石です」と改めて主人を誇った。
中から出て来たメイドに案内された客室もまた広く、数人程度の小さなパーティーなら出来る程だった。
座って待っていると間もなくして客室に入って来たのは、現第一王子と同じ金髪と翡翠の眼を持つ、端正な顔付きの男性。彼こそがアルドウィン・リンドバーグ侯爵だ。
一度立ち上がり、ドレスの端を摘んでお辞儀をする。
「よく来てくれた。まあ座れ」
「失礼致します」
どちらにせよ会うことは確定していただろうに、白々しい。
なんて言葉は飲み込んで、ミルディナは微笑み再びソファに腰掛ける。笑顔を保つのも、貴族令嬢としての基礎技術だ。
一言侍女を外させるように告げる侯爵に、分かりましたとミルディナはアイリーンに合図をし、部屋を出させた。眼前に同じように侯爵が座ったのを確認し、改めて口を開く。
「この度はお招きいただきありがとうございます。ご用向きの方は何でございましょうか」
「先日、アンディに婚約破棄を言い渡されたそうだな。原因は、お前が男爵令嬢に対して嫌がらせをしていた、だったか」
さらりと第一王子を呼び捨てるその様は、やはり兄だ。元第一王子である彼からしてみれば、現第一王子であるアンディ・フロムナード殿下は弟にあたる。王家を離れても、その事実は変わらない。
「ええ。それが何か」
「お前相手にあまり回りくどい言い方は意味が無さそうだから、単刀直入に言おう。アンディとの婚約破棄は、お前が仕向けたものだな?」
強気な視線、確信を持った問いに、なるほどと納得した。調べはついているらしい。
だがここで簡単に頷いて、万一にでも計画が水の泡になってしまってはいけない。顔色ひとつ変えることなく、微笑みを浮かべたままでミルディナは小首を傾げた。
「何のことでございましょう? わたくしはただ、自身の婚約者が他の女性に誑かされるのを黙って見ていられなかっただけですわ」
仕向けただなんてとんでもない。
両腕を広げ足を組み、尊大な態度でミルディナを見るアルドウィンは、その返答にまたニヤリと笑った。
「なるほどな。だがお前はリナーシェ嬢に、本気で危害を加える気は無かったと見える」
例えば、と彼は続ける。
ミルディナがリナーシェを罵った後は、決まって親しい者が通りかかり慰めた。
リナーシェの服を濡らしたり汚したりした時には、近くに更衣室がありすぐに着替えられたし、染み抜きが得意な者が彼女のドレスを引き取ってくれた。
そのドレスも後日綺麗になってリナーシェの手元に戻っている。
そもそもミルディナとリナーシェがこれだけの接触を出来たのも、パブリックスクールで一緒だったからだ。アンディとリナーシェの出会いと紡いだ時間さえ、そのおかげだと言える。
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