第4話 優しくて聡明で高潔な……

「ではご案内します、会長様の部屋は理事長室の隣です。ここから近いので安心してくださいね」


「よらしくお願いします……」


生徒会室は一階の理事長室の隣、相当な待遇だな。その後もおそらく生徒会に所属しているらしい寡黙そうな彼女から、会長の話もとい武勇伝は語られていく。大人しそうなのに。去年高等部一年にして生徒会長に上り詰めた彼は、獣人の地位向上をスローガンに様々な社会活動に積極的に取り組むだけではなく、獣人を再び奴隷にしようと悪しき計画を立てていた前理事長の悪事を暴き学園を救ったという。それからは彼自身が会長兼新理事長となり学園への更なる貢献を誓ったという……もう会長が主人公じゃん。


何故彼女が会長様と呼ぶのかがよくわかったところで、生徒会室についた。この後仕事がありますのでと彼女はまた体育館に行ってしまったが、これはアレだ、1人で会長室に足を踏み入れろということだな。大丈夫大丈夫、優しくて聡明で高潔な人だって、出会い頭に噛み付くような人じゃないから……彼女が言っていた言葉を脳内で呪文のように繰り返す。えっとまずは、そうそうノックが一番大事なんだ。コンコンとノックをすれば、暫くして穏やかな声のどうぞが聞こえた。よしよしこれでちゃんと失礼しますって入ればいいんだ。


ドアノブに手をかけて、いざ扉を開けんとする。ん? あれ? その前に失礼しますだっけそれとも入った後に失礼しますだっけ、頭真っ白になった俺はここで奇行に出る。


「し、失礼します!!!」


扉を開けながら、大声で挨拶をして、それと同時に頭を下げた。マルチタスクの上位互換トリプルタスクをやってのけたのである。いつもならマルチでも出来ないどころか、咄嗟の状況では一つの作業も出来ないというのに。頭を下げる直前にチラッと見えた奥の大きな椅子に座っている人がどんな顔をしているのか知るよしもない。しかし頭を地面に向けている俺に見えたものがあるそれは、


根性+2

気配り−1


と言った具合のよくわからない文字だ。なんだこれは、もしかしてアレか? ステータス? このゲームは今時では珍しいパラメータを上げるタイプのギャルゲーだ。いや好きな女の子や男を振り向かせるために勉強やスポーツを頑張ったり、その人が好きなものを研究したりするのは至極当然だと思うかもしれない。しかし最近のギャルゲーは生きてるだけで当然のようにモテるのが多い、まあ言ってしまえばただのノベルゲームという奴だ。パラメータ上げがめんどくさいと言われればそこまでだが、古き良きシステムともあってそこもこのゲームの評価を高くしているポイントだ。


さっきのなんの前触れもないパラメータの変化から察するに、今から3年間、俺の行動は全て監視されそれによってパラメータが上下するという罰ゲームを超えて苦行のようなものが待っているらしい。マジで元の世界に返してくれよと考えるしかない中、多分ものの数秒だったけど俺には数十秒に感じた沈黙がようやく終わる。


「初めまして、君が福富元久だね? 入学早々いきなり呼び出して悪かった。頭を上げてくれないか」


「は、はい、どうも……?」


予想よりずっと落ち着いていた。声はまだあどけないっていうのかな、言葉は間違ってるかもしれないけど、とにかく幼さがあって優しげ。しかし喋り方は堅苦しくて、幼さとのギャップをひき立たせる、例えるならそう厳しい軍隊の中にいる二等兵にも優しい中尉さんのような雰囲気だ。大きな椅子から立ち上がり決して大きすぎないカツカツと革靴で床を歩く音が聞こえて、背筋が伸びる、自動的に頭が上がってしまった。


「改めまして、ようこそ獣斗第一学園へ。僕は生徒会長の獅子堂真、君を向かい入れることができて嬉しく思っている」


そういいながら手を差し出してくる。きっと握手だろう。震えのおさまった手で差し出された手を握った。確かに思っていたより優しげだ、女の子が言っていた優しくて聡明で高潔な人というのは決して買い被りではないのかもしれない。


「立ち話もなんだ、ソファに座ってくれ。お茶を入れよう」


ありがとうございますと、ひょっとしたらカッコいい座る作法があったのかもしれないけどそれを無視して、庶民らしく普通に客人用だろうソファに触った。座ってから分かったけどこれは高いソファだ、ニ○リで売ってなさそうな、海外アンティーク専門家具の輸入販売店(行ったことないけど)で売ってそうな高貴さを感じた。


「さて、これは僕のスペシャルブレンドだ。今朝飲んだから味は保障付きだよ」


そういいながら目の前の男のソワソワを肌で感じつつ、紅茶を差し出された。お茶って麦茶じゃないのかよ、こんなちゃんとしたティーカップで飲むのも初めてだ、なんでこんな俺には身分不相応なお茶会しなきゃならないんだ。実際味はわからんぞ、なんとなくスパイシーな匂いがするってぐらいだ。


「……入学式を差し置いてまで君をここに呼んだ理由を話そうか。大方予想はついていると思うが、改めていう、初めての試みとなる獣人学校にヒトを特待生として入学させる目的、そしてそれの将来的な意義についてだ」


あ、本題あったんですね。鼻をくすぐるスパイシーでスッキリとした香りが、一瞬だけ心地よいと感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る